「いった・・・」
眼帯の下の左目が痛んで、思わず声を漏らす。
「雨美さん大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
会社の上司の心配そうな視線から思わず顔をそらす。

昔から、人の顔を見るのが苦手だった。

『貴女はね、カミサマの生まれ変わりなのよ』
物心ついたときから、母の口癖はそれだった。
貴女の紅い瞳はカミサマの印なの、貴女は特別なの。
故郷を飛び出し、連絡を取らなくなってからもその呪いに似た声と言葉は未だに忘れられず仕事の合間にカウンセリングを受ける始末だ。
「あ、雪降ってきちゃったね」
「本当だ。天気予報大外れですね」
お天気キャスターは「今日は一日曇り空です」だなんて言っていた気がした。
灰色の空からちらつく雪を見ていたその時だった。

「――っ!!」

眼帯で覆われたはずの左目に、どこか知らない景色が見えた、気がした。
「本当に大丈夫?課長に言って今日は早退させてもらったら?目の痛みは怖いでしょ」
「・・・はい、すいません」
いいのよー、なんて上司はケラケラ笑って課長のデスクへ向かっていく。
実家を飛び出してからは、こんないい人たちに救われてきた。
同僚たちの「気を付けて帰れよ」という言葉にふらふらと頷きながら、あたしは家への歩を進めた。

故郷でのあたしの扱いは、本当に神を祀るかのようだった。
あたしの家系では数代に一度、片目だけが紅い色をした子供が生まれる。
左目が紅い女の子はカミサマの、左目が紅い男の子はカミサマの側近の生まれ変わりなのだと。
母だけでなくその両親も、そのまた親も、その前も。
ずっと、ずうっと気持ちが悪くなるほどにそれは続いてきたようだ。
生まれてから初めて目を開けたとき、左目が紅いと気づいたときの母の喜びようは凄いものだったと祖母から聞いたことがある。
「この子はカミサマなのよ!カミサマが私たちの代に生まれてきてくれたのよ!」
それからあたしの周囲では不思議な出来事が起こるようになり、やがて幽霊と呼ばれるようなものが見えるようになった。
幽霊が出たと振り払えばそれもカミサマのお力だと崇められ、同年代の子と遊ぼうとしても誰にも相手にされず。
祖母が亡くなってから母は日に日に、目に見えて狂って行った。父はあたしの力を使って金儲けを考え始めた。
他の家の人間に相談しても無駄なことは分かっている。
とうとうどん詰まりになったとき、父から暴力を受けた。それは後で調べたら腕の骨にひびが入るような暴力だったが、そこであたしは・・・考えるのをやめた。
殴られた瞬間に、頭が真っ白になって、父を殴り返した。
逆に病院に入院させて、あたしはほとんど身一つで故郷から逃げたのだ。
そのあとの騒動を思い出すとため息しかでないが、無事に逃げ切り数年。
何とか就職も果たし普通の人のように暮らせるようになった。それでも左目だけは人に見せるのが怖くて、視力はきちんとあるものの眼帯を付けて生活している。
「ただいまー」
誰もいない部屋に向かって帰宅の挨拶をする。ああ、なんだか、ねむい。
スーツとブラウスを脱ぎ捨てる。きちんと片づけなきゃしわになっちゃう、それより、眠いなぁ。
起きたら片づけよう。眼帯を外してパジャマに使っているシャツに着替える。
そのまま、吸い込まれるようにベッドに倒れた。


・・・はずだった。
目を覚ましたら畳に敷かれた布団に居た。ちょっとまって、ここどこ?
和室だ。あたしの住んでるアパートじゃない。それは間違いない。
疑問符ばかりが飛んでくる。
「お、目ェ覚めたか。気分はどうだい?」
がらっと障子が開くと、黒い髪の男の子が顔を出した。
あたしよりは年下で、さらさらとした黒の短髪にメガネ。そして白衣。
・・・・・研修医とか?
思わず、あ、大丈夫です・・・と敬語になる。
「隣失礼するぜ」
少年は言いながら布団の横に座る。
美少年と言ってもいいくらい端正な顔立ち。それに綺麗な薄紫の瞳。
「んー・・・顔色も悪くねえし、大丈夫そうだな」
「あ、はい、具合は大丈夫です。でも・・・ここどこですか」
少年にじっと見つめられ、何だか居心地が悪い。
そこで眼帯がないことに気付いてハッと左目を抑える。
「ん?ああ、別に目を見てたわけじゃねぇよ。気にしてたらすまねえな」
「あ・・・ううん・・・気にならないならいい・・・です・・・」
紅い目は自分が普通じゃないことの証だったから、気にならないのは少々ほっとする。
薬研藤四郎と名乗った少年は、この場について説明をしてくれる。
さにわ、や歴史修正主義者など正直さっぱり意味が分からないし夢だとしか思えない。
「まぁお上の失敗でアンタは巻き込まれたんだ。アンタの身の安全は保障するし、大将もそこはきちんと承諾してる。それに、少し手伝いしてくれりゃあ相応の給料は出すってよ」
ぴくり。
働ける?
「働けるの?何か仕事あるの?」
急に体を乗り出したあたしに驚いたのか薬研君が身を引く。
「ああ、アンタの時代とは全然勝手は違うだろうけどな。それでもよければ・・・」
「ううん!やらせて!仕事あるなら働きたい!」
薬研君は分かった、と言って大将を呼んでくると立ち上がる。
そうして部屋にやってきた男女の内、女性の方を見てぎょっとする。
「え・・・何で幽霊が普通にいるの・・・」
「ん?アンタ、アタシが幽霊だってわかるの?」
黒い髪をポニーテールにした女性はへえ、とあたしの顔を覗き込む。
「なかなか面白い子じゃないの。畑仕事とか台所仕事ばっかだけど大丈夫?それで大丈夫ならアンタが帰れるようになるまでこっちできちんと面倒を見るし、警護の刀もつけるわ」
中々に面白み、というか親しみのある幽霊だ。昔木刀で悪霊を真っ二つにしたことを思い出す。
「アタシは土萌。まぁあんまりこれで呼ばれるのは好きじゃないから、幽霊さんとでも呼んでよ」
「・・・じゃあ幽ちゃんで」
いいわよー、と幽ちゃんはケラケラ笑う。
「あたしは雨美 秋奈。秋奈でいいです」
「オッケー。あっきーね。そっちの白衣は薬研藤四郎、今一緒に来たのが石切丸よ」
平安貴族のような服装をした青年があたしを見てふっと微笑む。
「薬研君の治療が良かったかな。特に問題はなさそうだ」
薬研君と石切丸・・・さんは医療従事者なのか。
元々は刀の付喪神だという話だが持ち主の知識も得てるのかもしれない。

夢なのか現実なのかは分からないけれど、ここでなら何とかやっていけるかもしれない。
人間として扱われなかったあたしでも・・・人間みたいに生きられるかもしれない。

そう考えると、なんだか無性に楽しくなった。


―――


「・・・で、石切丸先生の見解はどうよ」
あっきーと大体の話を終え、部屋を出る。
薬研は夕食の支度があるからと炊事場へ向かって行った。
「気になるところだけど、彼女が言ってたカミサマは良いモノではなさそうだ。後先生は止めなさい」
「まぁ、ある意味神様っちゃ神様だろうけどね」
石切丸を連れて行ったのは医療知識というよりは、彼女がここに来た時に感じた違和感からだ。
「あーりゃ、すっげーの背負ってるよー!」
「ロボ子も大分凄いけれどね」
「何ここ、悪霊と生霊背負った機械と破壊神連れの女の子ってブラック企業かよ」
政府も何転送ミスってんだ、アホじゃねえの?
「物である我らが長い年月をかけて神と呼ばれるのと同じように、強い力を持つ者は祀られる」
「あっきーの場合は本人が原因ってよりかは血筋かね。本人も母親もカミサマが何なのかを理解してない」
物事において、理解というものはとても大事なことだ。
理解をすれば人と分かり合うことができ、脅威にも対処することができる。
「理解も何もせずに力だけを見て祀られた・・・か。呪いよか厄介かもなぁ」
原因が分からないことにはどうにもならん。
「・・・それよりも、本当にこれは失敗だと思うか?」
立ち止まった石切丸の言葉を背で聞く。
「何が言いたいのかしら?」
にっこりと笑いながら振り向くと石切丸はいつもの穏やかな笑みを浮かべてはいるが、緊張を孕んだ空気を纏っている。
「主・・・君、一人で何かやっているだろう?」
「あらやだ、何のこと?まったく見当がつかないんだけれど」
この男は勘が鋭い。神社暮らしだからかしらね。
すっとぼけて答えると、石切丸は諦めたのかため息を吐く。
「最初は悪意の呪いでもある君のことも信用は出来なかった。・・・君は暴君ではあるが人を想うことができる人間だ。それなら、私は君を信用しておくだけの話だよ」
「あらいやね、人間じゃなくて悪霊よー」
喉を鳴らして笑い飛ばすと相変わらずだ、と石切丸がぼやく。
「まあ気にかけてやってよ、じゃあねー」

そのまま背を向けてするすると移動する。

「そういうところが「人間らしい」んだよ、君は」

ぽつりと呟くような石切丸の言葉は、聞こえないフリをした。



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