「なるほど、君が来たのはそういう理由があったんだね」
縁側を歩きながらエレニアから受けた説明に国広が頷く。
「うん。正式な依頼を受けた、っていうのももちろんあるけど、それより困ってる人がいるって聞いたから」
それを聞いた清光が感激したような顔になる。
「俺さー、エルーに主になってもらいたいなー」
べたっと甘えるようにエレニアにくっ付く。
「それは・・・」
「やっぱ無理、だよね。じゃなかったらエルーが帰るときに一緒にそっちに行けたらいいのに」
エレニアは立ち止まってんー、と考える。
「・・・取り合えず、主の件は考えておく」
「ほんと!?やった、それだけでもすっごく嬉しい!」
清光は笑うと本当に『綺麗』という言葉がよく似合う。
「きよみつって綺麗だよね。私より綺麗かもしれない」
それを隣で聞いていた国広がエレニアの袖を引っ張って耳打ちする。
「あんまり清光にそういうこと言わない方がいいよ。さらに懐かれる」
それを聞いて清光の方を見ると、キラキラとしか形容しようがない目でエレニアを見ている。
「ねー、主!」
しかも呼び名がエルーから主にランクアップしている。
「俺、主のお手伝い頑張るからさ、側に置いてほしいな!」
ほらね、という呆れたような国広の呟きが聞こえる。
「・・・あれ?」
廊下の先に何か黒い塊が見える。
・・・人だ。人が倒れている。
「あれってもしかして・・・」
「もしかしなくても長谷部じゃない?」
三人で慌てて駆け寄る。
片膝をついてエレニアは長谷部、と呼ばれた男の容体を確認する。
「・・・気を失ってる。ねえ、彼の部屋はどこ?」
「すぐそこだよ」
中途半端に開いた障子。そこから出てきて力尽きたのかもしれない。
エレニアは長谷部を引きずって畳の上に寝かせる。
「くにひろ、お水持ってきてあげて」
「わかった」
「きよみつ、ベッド・・・っていうか寝具?はある?」
「うん、準備するよ」
国広がバタバタと部屋を出ていき、清光は畳に布団を敷く。
鎧を外して布団に寝かせ、エレニアはその隣に膝をつくと脈を測ったり額に手を当てたりし始める。
「・・・治療できそう?」
「ある程度の医療知識は仲間に教えてもらったから。はせべには見た感じ大きな怪我はなさそうだけど・・・」
脈も問題ない、熱があるわけでもない。
しかし医療者というわけでもないのでこれ以上詳しいことは分からない。
「念のため治療しておこう」
そこで、あれ?と首をかしげる。
「どうしたの、主」
「・・・僧侶になれない」
どういうこと?と清光に尋ねられ
「私とエルーはある特殊な装備を一緒に使ってるから、同じ職業には一緒にはなれない」
そう答える。
「あれ、でもさっき彼女の事簀巻きにして置いてきたよね」
「何かあったのかもしれない」
まあいいか、と独り言を呟いてエレニアは僧侶とは違った杖を持つ。
「・・・これも治療できるの?」
「うん。僧侶と違って回復や支援専門じゃないけどね」
杖を構えて治癒術をかける。
う、と長谷部が小さく呻き、薄く目を開く。
薄紫色の瞳と目があった瞬間、彼の目に殺意が宿る。
しかし思うように体が動かないのかそれはすぐにうめき声に変わる。
「大分体が弱ってる。無理に動かない方がいい」
エレニアは長谷部の肩をゆっくりと押して布団に寝かせる。
「貴様は・・・」
「主だよ!」
長谷部の言葉をほぼ遮るように清光がエレニアにくっ付く。
「主、だと?俺たちの主は・・・」
「前の主は死んだけど、今はエレニアが新しい主候補なの!」
当事者を置いて話が勝手に進んで行っている。もうそれにツッコみを入れる気も起きず、エレニアはアイテム袋を取り出すと中から赤い色をしたグミを取り出す。
「碌に物も食べてないでしょ?喉に詰まらせないようによく噛んで、ゆっくり飲み込んで」
手に乗せられた見たこともない物体を不審な目で見る長谷部。
エレニアはいつもの無表情でそれを見つめ続ける。
意を決したのか長谷部はそれを口に含むと咀嚼する。
そこにちょうど水を取りに行っていた国広が帰ってくる。
長谷部がグミを飲み込んだのを確認して水を手渡す。
「はせべのは怪我が原因というより栄養失調のようなものだと思う。一気に食べるのはダメだけど、少しずつ食べていかないと死んじゃう」
更にアイテム袋をごそごそとして、今度はピーチパイを取り出す。
その袋のどこにそんな質量の物が入っていたのかをツッコみたい気持ちにはなるが抑える。
一切れを持つと、はい、と長谷部の口元に持っていく。

「「「は?」」」

「???」

口元に持って行った体勢のままエレニアは首をかしげる。
「少しずつでもいいから食べて。・・・あ、もしかしたら見たことない食べ物かもしれないけど、すごくおいしいから」
ああ、見たことがない食べ物に警戒しているんだな。そう思ったらしいエレニアは珍しく口元に笑みを浮かべる。
そのあまりにもマイペースと言える勢いに押されたか長谷部がいわゆる「あーん」というアレを受け入れる。
「美味しい?」
「・・・はい」
一体どういう状況なのか。
清光がほとんどタックルともいえる状態でエレニアに抱き着く。
「ははははっ・・・長谷部だけズルい!主!俺!俺も!俺も主にあーんしてもらいたい!!」
この場で唯一まともな国広が部屋の隅でそっと頭を抱える。

助けて兼さん、この場にはまとめられる人がいないよ!

勢いなのか流れなのかエレニアにピーチパイを食べさせてもらって幸せそうな顔をしている清光。
目が覚めたら訳の分からない状態だった上に恋人同士でも今時やらないだろうということを初対面の人間にされて呆然とする長谷部。
一切を無自覚でしているのかなんなのか表情が相変わらず乏しいエレニア。

混沌に満ち溢れている。

とにかく一度清光・・・とついでに長谷部を落ち着かせることにする。
長谷部に一からエレニア・・・とここにはいないエレンが来た経緯を説明する。
長谷部はおとなしくそれを聞いていたが、やがて顔色を曇らせうつむく。
「主命を果たせない俺には・・・生きる価値なんて・・・」
「はせべはまだ生きてる。それならきっと今からその理由が見つかるはず」
元気出して、とエレニアは長谷部の頭をポンポンと撫でる。
隣で清光が嫉妬心丸出しになっているのを国広はそっと見て見ぬふり。この短時間で人は学習できるものなのだ。
「貴女は・・・」
「ん?」
ガシッと長谷部がエレニアの両手を包み込むように握りしめる。清光の顔が更に酷いことになった。
「最初、加州清光が貴女を主だと言った時、何を言っているんだと思いました」
しかし、と長谷部はその端正な顔に爽やかな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「貴女は俺のような刀にもこのように接してくれるとても心優しい方です。エレニア様、どうかこの長谷部を近侍としてお側に置いてください」

プロポーズ(違)二回目である。

これがいつだったか仲間と話していたことがあるモテ期というやつなのか。
おお、と内心頷くエレニアの心情など知った事かと話は勝手に進んでいく。
「はあ?優しくされたからって寝返るとかありえねーし!」
「清光も最初エレニアの事刺してたよね」
「何だと貴様!主に何たる無礼を!」
「長谷部も大分無礼働いてたよね」
国広は頑張っている。ツッコまねば部屋が大惨事になる。
「はせべはもう動けそう?」
「はい!主のおかげです。それで、何を切ればいいんです?家臣の手打ち?それとも寺社の焼き討ち?ご随意にどうぞ」
浮かべている爽やかな笑顔に反し言っている内容は物騒極まりない。
「私には家臣はいないし、火事も起こしちゃダメ。後切るのも・・・今の所ダメ」
「かしこまりました。何かあればすぐに申し付けください、主」
「エルーは俺の主なの!」
油断していたところに清光が抱き着いてきて、ぐえっという声が漏れる。
「貴様・・・主に何をする・・・」
長谷部が抜刀しそうになるのを国広が慌てて止める。
「と、とにかく!長谷部も回復したことだし一度部屋に戻らない?」
「ああ、そういえばさっき、僧侶になれないって言ってたよね」
鳩尾を摩りながらエレニアが頷く。
「もしかしたらエルーがいずみとどうたぬきと一緒に動いてるのかもしれない」

ああ、兼さん。助けて。清光と長谷部の睨みあいの中に居るのはとても気分が悪いよ兼さん!

国広の心中の悲鳴などなんのその。
へし切長谷部という新たな仲間を受け入れ、部屋を出た。



「・・・・・・」
「げ、元気出せよ国広」
「あ、ああ。そんなに落ち込むな」
「何があったんだろう」

一度和泉と国広の部屋に戻ってきた一行が見たのは、真っ二つになった障子と、血まみれ布団の残骸だった。
血まみれ布団が落ちているのは和泉か同田貫がエレンを解放したからだろう。
・・・しかし、真っ二つになった障子とはこれいかに。
「一閃の内に切り捨てたようです、主」
「やっぱり剣で切ってるのか」
長谷部と並んで切り口を見つめる。
「短刀や打刀じゃ一回じゃ切れなさそうだし、太刀か大太刀か・・・」
この短時間で部屋が大惨事になっていた国広は落ち込んでいる。
そのフォローをあきらめたか清光が話に加わる。
じいっと部屋を見つめていたがエレニアは首をかしげる。
「誰かが切られた、とか怪我した、とかはない・・・かな。あ、でも違う血の臭いがする」
布団に付着した血液は自分のものだ。・・・しかし、それ以外に微かに別人の血の臭いを感じる。
「と、なると主の姉君、同田貫、和泉守以外の誰かがやってきた・・・と?」
多分、とエレニアは頷く。
「まあ、そっちはそっちでうまくやるだろうから放っておこう」
まだまだ怪我人は多い。向こうが動いて治療を進めてくれるならそれはそれでありがたい。
「・・・でも、日が落ちる前に何処か休憩できる場所を確保しておきたいかな」

「それなら俺の部屋を使ってよ!」「それでしたら俺の部屋をお使いください!」

もういっそ仲良しだろ。
国広はふらふらと立ち上がる。自室の惨状から完全に立ち直ったわけではないのだろう。顔色は悪い。
「それなら長谷部の部屋の方がいいんじゃないかな。・・・清光、安定はまだ彼女と会ってないんでしょ?」
その言葉に清光がぐっと言葉に詰まる。
「やすさだ?」
「刀だったころ、清光と同じ主に仕えてた・・・まあ仲間っていうか戦友っていうか」
それと和泉と国広は清光が仕えていた主の上司にあたる人間で、刀時代から知り合いだったと告げる。
「なるほど。だから仲良しだったのか」
相変わらずの無表情でエレニアはぽんと手を鳴らす。
「・・・後は、離れを使うのはいかがでしょう」
「えー、あそこ汚いからなー」
長谷部の提案に清光が嫌そうな顔をする。
「堀川国広が言うには、主はまだこの本丸で会っていない刀剣も多いんだろう?それならば、安全策を取って離れを使うべきだ」
長谷部の言葉に清光は嫌そうな顔のままだが、それもそうか、と賛同する。
「それなら向こうが出歩いてる内に僕らで向こうを整えようか」
部屋も使えないしね、と続けられた国広の言葉に清光が「よーし行くかー!」と汗を流しながら拳を振り上げる。
「主もそれでよろしいですか?先に姉君を探さなくても?」
「んー・・・エルーはエルーで要領いいから、ほっといても大丈夫だと思う」
清光と国広に続きながらエレニアは答える。
「・・・姉君を信頼なさってるんですね」
「まあ、ずっと一緒だからね」
エレニアは振り向くと、口元に笑みを浮かべる。
「ほら、長谷部も行こう?」
「はい!主!」



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