「とりあえず次はどうしようか、エルー」
「そうだね、どこから治していこうか、エルー」

大広間。
生々しい傷跡があちこちに残るその場所でエレンとエレニアは顔を突き合わせて会話を開始する。

「あ、そういえばそこの赤黒いシミってもしかして」
「もしかしなくてもそうだよ」
落ち着きがない性格なのが見て取れる。
会話中だというのに目に留まったからか和泉に声をかける。
「何か気になるなー。掃除したいね」
「気になるけどそれより治療が先」
エレニアにばっさりと切り捨てられエレンは唇を尖らせる。
「それより自己紹介してなかったね!私はエレン・クロッカス。前衛担当!エルーって呼んでね」
「そういえば自己紹介忘れてた。私はエレニア・クロッカス。主に後方支援してる。エルーでいい」
同じ顔に同じ愛称。
これが人間でいう双子、というものなのかと二人は同じ顔をした少女たちを交互に見る。
「俺は和泉守兼定。・・・で、こいつは」
「堀川国広。兼さんの相棒だよ」
まあとにかく、と和泉は逸れかけていた会話を戻す。
「お前らが俺らの治療に来たっていうのは信じてやる。・・・実際に妙な呪で治されちゃ信じるしかねえ」
「僕なんてほとんど手入れしてもらえなかったから体中酷かったのにね」
国広のその言葉にエレニアが眉をへの字にする。
目の前の彼らは一体どこまで酷い仕打ちを受けてきたのか。
それを考えると深みに沈んでしまいそうで慌てて思考を引き上げる。
「残り40人、一人ひとり確実に治療していくしかない・・・」
その時、大広間の襖が大きな音を立てて開く。
「清光・・・!」
和泉が立ち上がろうとするより先に清光と呼ばれた青年の金切声が部屋を支配する。
「人の気配がすると思って来てみたら、何だよそいつ!何で人間がここにいるんだよ!!」
黒い髪に黒い外套。顔立ちは精悍などという言葉よりも美しいという言葉が似合う青年だ。
だが、その紅い瞳には憎悪が宿っており、怒鳴り声には震えすら混じっている。
「貴方たちを治療するように頼まれたの。大人しく治されて」
エレニアが立ち上がり歩き出す。清光に近づき手を差し伸べた瞬間、血が舞い散る。
「エルー!」
エレンが慌ててエレニアに駆け寄ろうとするのを手で制する。
「怖がってるからダメ」
抜刀し構えたままの清光にエレニアは武器も持たずに近づいていく。
「来るな!!」
次の一閃は腕を切り裂く。一瞬痛みで顔をしかめたがいつもの無表情に戻る。
「来るなって言ってるだろ!次は首を狙うからな!」
それでもなお一歩近づいた瞬間、刃がエレニアの体を突き刺す。
首を狙うと宣言していたものの、手が震えていたためか、右肩に突き刺さっただけで済む。
だが、それを見た清光は一瞬ハッとした表情になる。
「だ、だから来るなって言っただろ!」
刀を引き抜くと傷口から血がだらだらと流れ出す。
「別にこれくらい・・・」
大丈夫、と言いかけて背後から感じた殺気にエレニアは慌てて清光を押し倒す。
そのちょうど真上をクナイが飛んでいく。
「お、おい・・・?」
「いずみ、くにひろ。後そこの赤目のキミ。逃げるよ」
エレニアは傷口も構わずに清光の腕を掴み縁側を走り始める。
「兼さん!行こう!」
真横に居たエレンの服装が急に変わった事は驚いたが今はそこに対して追及している場合ではなさそうだ。
「バリアー!」
半透明の壁が飛んできたクナイを弾き落とす。
「おいおい、お前の姉ちゃんだか妹だかしらねえが身内なんだろ!?何なんだよあれ!」
本丸内を走り回りながら和泉が叫ぶ。
「豹変だったね、あれ」
「・・・・・・いろいろあって、ちょっと不安定気味」
そのまま国広に清光を任せると杖を振り、フォトンを詠唱する。
光が収束し、はじける。エレンが倒れたのを確認し4人はさらに走る。
そのまま和泉と国広の部屋に入りぜえぜえと息を切らせたまま倒れこむ。
「ほ、本当になんだったの、あれ」
「あの子の中に、ラザリスって子がいる。その子がとっても不安定気味だから、清光が地雷踏んでそれが出てきた。それだけ」
説明が要領を得ない。
「うお!俺の布団血まみれじゃねえか!」
「っていうか凄い血が!」
「忘れてた。・・・ファーストエイド」
自分に治癒術をかけ、上着を脱ぐと無造作に血をふき取る。
その様子を見て乱暴だな、と和泉がぼやく。

「・・・なんで」

小さな声にエレニアは清光を見る。
その顔は先ほどまでの憎悪は一切なく真っ青になっている。
「なんで、俺の事助けたの。俺、アンタの事殺そうとしたんだよ!?バカじゃないの!?」
「きよみつが怪我してたから、怪我してる人は助けたい」
エレニアは清光の前に座ると、彼の頭をポンポンと撫でる。
「何で前の審神者はこんなに綺麗な子に酷いこと出来たんだろう」
心底不思議そうな顔をして、治癒術を唱える。
その瞬間清光がボロボロと泣き始める。
エレニアは仕方なさそうな顔をしながらあやすように頭を撫で続ける。
少しの間そうしていたが、すっと立ち上がる。
「ちょっとエルーを止めてくる」
「は?止めるって・・・」
「頭ぶん殴って気絶させれば暴走も収まるだろうからちょっと行って殴ってくるね」
まるで買い物に行ってくるかのような軽い言葉。
そのまま部屋を出ようとするエレニアのスカートのすそを三人がほぼ同時に掴む。
「待て待て!お前その傷で行く気か?」
「それが?」
「それが?じゃないよ!しかも相手は飛び道具持ってるんだよ?」
「懐に入るから問題ない」
「そうじゃなくて!一人で行くつもり!?」
「三人とも怪我治したばっか」
何を言ってるんだとばかりにエレニアは首をかしげる。
「俺も連れてって」
清光が刀を持って立ち上がる。
「なんで」
ますます訳が分からないという顔になる。
「だってアンタ・・・俺が刃を向けても構えすらしなかったじゃん。殺すって言っても、実際に刺しても。それどころか助けてくれた」
清光は頬を少し染めながら指先でかく。
「別に人間は信じてないし、嫌いだけど・・・アンタが助けてくれた分くらい助けさせてよ」
「・・・わかった。それならお願いする」
コクリとひとつ頷いたエレニアに清光の顔がパッと輝く。
「そいつが手伝うっつーんだったら俺らもやんなきゃな」
「兼さんが手伝うなら僕もやるよ!」
「お前相変わらずだな」
三人の様子を見ているととても仲がいいらしい。
元の世界の家族とも呼べる仲間たちを思い出してふっと笑みを浮かべる。
「何だ、お前も笑えるじゃねえか」
「エルーみたいに明るくない」
瞬きひとつする間にエレニアの服装が変化する。
「前衛苦手なんだよなぁ・・・でも殴ってでも止めなきゃいけないし、文句は言ってられない」
握りしめた両こぶしを見つめる。
「そうだ。俺は加州清光。扱いにくいけど良い刀☆ってね」
「エレニア・クロッカス。エルーでいいよ。きよみつ」

「で、なんでお前服装変わってるんだよ」
先ほどまではひらひらとした洋装だったのが今では体にフィットしたへそ出しルックだ。
三人は思わず目を見合わせる。
その見える部分だけでも随分な傷痕が残っている。それは刀傷のようなものもあれば火傷痕のようなものもある。
しかし、今はそれを尋ねるのは憚られた。
「・・・私たちは、色々扱える武器がある。さっきまでのは僧侶。回復と支援に特化した職業。今は格闘家に転職した。ぶん殴るならこれが一番」
「ああ、そうかい」
言葉が少ないため説明は相変わらず要領を得ないものだ。

「とにかく、まずは一発エルーをぶん殴ろう」

4人は顔を見合わせ、そして頷きあった。



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