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新品のパンツスーツに身を包み、書類の山を持って塔の廊下を歩く。
やっぱり仕事をするのならスーツの方がいいよね。
帽子に着けていた青薔薇の飾りは今はスーツの胸ポケットについている。
引き継ぎの終わった書類を部下さんに渡して、新しい書類を受け取る。
こつこつと靴音を鳴らしながら廊下を戻る。
もう少し(って言ってもこの世界は時間がバラバラに変わるからよく分からない)で会合が始まるという事もあって塔の中の空気も少しだけぴりぴりしている。
私は自分に割り振られた仕事をしつつ、ナイトメアさんを鼓舞してやる気を出させたりとかそんな感じで走り回っている。
『四季』
ふと、誰かに名前を呼ばれる。
おいで、こっちにおいで。
四季、帰っておいで。
帰る?何処に?
何処って、元の世界だ。
その声を聞いていると、帰らなくてはならないという気持ちになってくる。
ふらふらと歩いて1つのドアに吸い寄せられるように歩いて、
「ナイトメア様!どこにいらっしゃるんですか!ナイトメア様!!」
グレイさんの声に後ろを振り向く。
あぁまたナイトメアさんが脱走したんだ・・・。
苦笑を浮かべて資料を抱え直す。
「グレイさん、またですか」
「ああ・・・はあ、今度は一体何処に行かれたんだ・・・」
ううん、この様子だと大分探してみるみたい。
「この書類を置いてきたら私も探しますね」
「すまない。俺は向こうを探すから四季はそちらを頼む」
はい、と一度頷いて小走りでナイトメアさんの執務室に向かう。
机に書類を置き、さて、と気合いを入れ直す。
「ナイトメアさーん?お仕事しましょうよー」
一つ一つドアを開けるけど、ナイトメアさんは何処にも居ない。
「もー。折角休憩用にケーキを買ってきたのに」
こうなったらもうグレイさんと2人で食べちゃおうかな。
ナイトメアさんの分も食べちゃおう。
「どうしてそう君はいつもいつも私を苛めるんだ・・・!そんなにグレイの事が好きなのか・・・!」
「恨み言言ってる場合があったらお仕事をしましょう。そうしたらケーキあげますから!」
苛めてないです、普通の事を言ってるんです。
ナイトメアさんも黙ってこう・・・キリッとしてたら格好良いのになぁ。
ちょっと顔色は悪いけれど凄く綺麗な顔してるし。
「うう、四季が酷い」
「酷くないです。ほら、休憩の時にケーキ一番最初に選んでいいですから」
チョコと苺とモンブランですよ。好きなの食べていいですから。
ナイトメアさんは横暴だとか何だとか言いながら、それでも大人しく戻ってくれようとする。
「そういえば、四季は青いバラが好きなんだな」
「ああ、これですか?」
自然には存在しない青い色。
「そう、ですね。青いバラは好きです。あ、もちろん他の色の薔薇も好きですけど」
これを私にくれた人が、私には青いバラが似合うと言ってくれたから。
(ユーキ)
そう、ユーキだ。これをくれた人。
でも、誰だかが分からない。
ユーキのことが大切なのに、誰なのかがさっぱり思い出せない。
(ユーキもこの国に居るのかな)
私をこの国に呼んだ人。
そうしたら、私が思い出せない事、思い出せるのかな。
そんなことを考えていると、ナイトメアさんが私の頭をぽんと撫でる。
「・・・?」
「仕事が終わったら四季がコーヒーを淹れてくれないか?飲んでみたいんだ」
「えぇ・・・私全然出来ないですよ・・・。グレイさんに淹れてもらいましょう」
変な味のコーヒーになったら嫌だなぁ。
「変な味でもいいじゃないか。それは四季が『ここ』にいる証だ」
「・・・それ褒めてるんですか?」
褒められてはないよね。
でも、なんだろう。
私が、四季が、ここに居てもいいって。
「もちろんだろう」
ナイトメアさんが微笑む。
じわりと胸の奥が痛むのに気付かないふりをして、私も微笑み返した。