「あ、コーヒー豆がない」

キッチンで私はコーヒーを淹れようとしていたんだけれど・・・豆がない。

「そういえば外ってどうなってるんだろう」
まだこの世界に慣れていないこともあって、塔から外に出た事はない。
部下さんたちに話を聞けば普通に生活は営まれているようだし、少し気にはなっていた。

私は出した物を元に戻すと、ナイトメアさんの執務室に向かう。
・・・コーヒー、持って行けないけど拗ねないよね?

拗ねる可能性は充分ある。
私よりも充分大人なのに、ナイトメアさんは時々凄く子供っぽい。

ドアをノックするといつものようにナイトメアさんが入って良いぞ、と声をかけてくれる。
考えている事が分かるナイトメアさんは、きっとドアの外に誰が居るのかも分かっているんだと思う。

だから

「・・・コーヒー」
「豆がなくなってたんです」

分かってるはずなのに、なぁ。
思わず苦笑が浮かぶ。

「皆さんまだ忙しいでしょうし、私外に出て買い出ししてきます」
「大丈夫か?四季はまだ外には出た事はないんだろう?」
「大丈夫ですよ、これでもいい年した大人なんですから」

それでも道に迷うかもしれないとか、危ない人がとか・・・。
グレイさんってもしかしてお母さん?所謂オカン?
瞬間、ナイトメアさんが吹き出す。

「まぁ、似たようなものかもな」
「だったら迷惑かけないようにしましょうよ」

じとっと睨むとナイトメアさんは肩をすくめる。

「そこまで言うなら・・・頼んでも大丈夫か?地図は書いておくから」
「はい。任せて下さい」

グレイさんから地図とお財布を受け取って、お気に入りの帽子を被って塔の入り口まで見送って貰う。
・・・塔の中も広いから迷いそうになるんだよね。

商店街は少し歩いたところにあって、人は多い。
人の顔はやっぱり見えないけれど、塔の中は静かな事も多いしたまにはこういう喧噪の中もいいかも。
お金はないから買う事は出来ないけれど店先の商品をちょろっと覗いてみたり。
そうしつつも地図を見ながら歩いていたはずなのに。

「・・・あれ?」

地図だとこの場所・・・のはずなのに違う店。
どう見てもコーヒー豆は売ってない。
「戻ろう」
あんまり怪しい店の前でじろじろ見ていても仕方ないしね。
踵を返して地図を見ながら分かる場所まで戻ろうとする、けれど。

「あれ・・・ここってこの場所じゃ・・・」

地図を凝視しても現在地が分かる訳じゃない。
それでもどうにか分かる場所を探そうとする。
「何コレ」
ふと足下に何か紙のようなものがひらひらと落ちてくる。
どうやら今すれ違った人が落としたようだ。


「あの!」


慌てて拾い上げ、その人の服の袖を引っ張る。

「うお!何だてめぇ!」

振り向いた男の人・・・・・・人?ウサギの耳が生えた男の人は驚いた顔をしてから私をじろじろと見る。

「こ、これ・・・落としましたけど・・・貴方のですか?」

にんじんスイーツのカフェの優待券らしい、それ。
黒のコートに紫のショール。
オレンジ色の髪の毛が目に鮮やか。そして、頭にひょっこりと生えた二本の耳。
そう、ウサギの耳。

飾りか何かかと思ったけれどぴくぴくと動いている所を見ると、実物らしい。

・・・ウサギ。

その人は私の手から優待券を取ると、パッと顔を輝かせる。
「お、悪いな。落としちまってたのか」
「あぁ・・・よかったです。無くしたら大変ですからね」
視線が耳に行きそうになるのを必死に留める。

気になって気になって仕方ない。

「あれ・・・アンタ」

じろじろと見ていた視線に訝しげな色が混じる。
「・・・?」
何だろう。何か変なところでもあるのかな。

「あ!」

そうだ、折角だしこの人に聞いてみよう。

「あの、私お使いでここに行きたいんですけど、どうやって行けばいいですか?」
「あ?あぁ・・・ここだったらこの先の2つめの路地を曲がればすぐにあるぜ」

やっぱり曲がるとこ間違ってたんだ・・・。通りで着かないはず。

「よかったぁ・・・有り難うございます・・・」
これでお使いも出来ないなんてことになったらグレイさんに余計に心配されちゃう。
「アンタこの辺の道知らないのか?」
「え?あぁ、そうなんです。初めて出てきたので」

さて、早めにお使いを終えて帰らなきゃ。
ナイトメアさんが脱走するまえにコーヒーを淹れてあげなきゃ。

「道教えてくれて有り難うございました。失礼します」
「俺の方こそありがとな」

ウサギ耳のお兄さんはにかっと笑う。
耳はやっぱりぴくぴくと動いている。うん、気になるなぁ。
お兄さんの言った場所でようやく豆を買い、塔に戻る。


「あ、そういえばあのお兄さん顔がはっきり分かったなぁ」


ナイトメアさんやグレイさんと同じなんだろうなぁ、なんて考えつつ私は塔へ続く道を歩いた。



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