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「ねえ、ナイトメア」
クローバーの塔。
ここは私の友人が滞在をしている場所だ。
元々時計塔があったこの場所の領主は引き籠もりの芋虫・・・もといナイトメア。
彼もまた私の友人だ。
「どうした、アリス」
私の言葉にそう返し、ナイトメアが口元に笑みを浮かべる。
・・・・・・黙って座ってれば格好いいのに。
私の心の中で呟いた暴言が聞こえたのかナイトメアが唸った。
「分かってるくせに聞くんじゃないわよ」
「うう、アリスが酷い・・・。君はいつもいつも私に対して酷すぎるぞ!」
そんなことないわよ。普通よ普通。
「そんなことより・・・四季の事よ」
爆発騒ぎもあって聞きそびれてしまった事。
【悠希】の事。
「前に・・・四季が悠希の名前を呟いた事があるの。・・・彼は、ハートの国に居るのよね?」
居るって、言って。
どこか異質に見えた私の友人。
今は・・・ハートの国に残っているはずの。
でも何故だろう。
胸がざわつく。
ナイトメアはそれに答えずに冷たい笑みを浮かべる。
それは最初の会合の時に見せた笑みだった。
まるで知らない方が幸せだと言わんばかりに。
「彼は、もう居ないよ」
世間話のように、ナイトメアは笑って言う。
「居ないってどういうことよ」
手の中で紅茶のカップが震え、水面に波紋が立つ。
「・・・言葉通りだよ。悠希は、もう何処にも存在していない。この国に居るのは悠希ではない『何か』・・・いや、誰かだ」
居るけれど、居ない。
「・・・・・・悠希がいつも話していた妹って、まさか」
「ああ、そのまさかだ」
彼の妹が、四季。
「四季は悠希に呼ばれてこの世界にやってきた。悠希は・・・四季を幸せにするためだけに彼女を引きずり込んだ」
そんなのまるで、ペーターのようじゃないか。
「ああ、やはりそう思うか・・・。ただ、彼はアリスが思っているよりも質が悪いよ」
そう言ってナイトメアが曖昧な笑みを浮かべる。
「四季の為に存在し、四季の幸せが自分の幸せ。・・・・・・彼女をこの世界に残すためならば、」
ナイトメアはそこで言葉を句切る。
「かつての友人すら手にかけるし、傷つけないように配慮しながらも妹の命を危険にさらせる」
ぞっと、する。
私が知っている彼はシスコンではあったものの、穏やかで真面目で、優しい人だったから。
「ここ最近起きていた事件は全て悠希が裏で手を引いて起こしていたものだ。全部・・・四季をこの世界に残すためにな」
「ここ最近・・・ってあの爆発や四季が誘拐されたのも?全部!?」
それには目眩すら覚える。
一体何が悠希をそこまで駆り立てたのと言うのか。
「何?愛に決まっているだろう。四季に対する愛だ」
クサイわよ、ナイトメア。
心の中で一蹴する。
「うう・・・だが事実だ。彼がハートの国へ自力でたどり着いたのも、四季を引きずり込めたのも、全て四季の為にだ」
「でも、四季はグレイと付き合い始めたのよね」
四季は妹なんじゃないのかとか色々とツッコみを入れたい所はあるが、結局彼女はグレイを選んでこの世界に残った。
「『俺は自分じゃ幸せにしてあげられないから、誰かに四季を託すつもりだ』」
「・・・」
狂気的だ。
狂っている。
相手の幸せの為ならば自分すら殺し、周囲から固めていく。
それどころか幸せを願う相手を危険に陥れる。
なんて重い愛情。
「四季は・・・」
「知らないさ。悠希が此処に居る事も、悠希という人間が自分にとってどういう人間なのかも」
・・・彼は、それでよかったのかしら。
決して報われない恋だった、そういうこと?
「良かったんだよ。彼は自らの意思でそうした」
ナイトメアが体勢を直すと椅子がぎしっと音を立てる。
こんなこと、四季には言えない。
「アリス」
「何よ」
ナイトメアは何も言わない。
何も言わずに微笑んでいる。
何よ、引き籠もりの芋虫のくせに。
「君・・・芋虫は止めろ、芋虫は」
「本当の事でしょう」
悠希と四季。
この2人の事を考えると何故か鼻の奥がツンとするから、私は目の前に居るナイトメアに悪態をついてそれをごまかす。
あのシスコンは・・・本当にバカだわ。
私は息を吐いて目を閉じ、この場に居ない2人の友人を想った。