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銃声がして、男の頭が吹き飛ぶのを見た。
四季の体が床に倒れ込む。
ナイフを突き刺した体からは血が流れているがそれどころではない。
「四季・・・」
慌てて駆け寄り、抱き上げると寝息。
・・・先ほどナイトメア様の声が聞こえたのは、四季を夢の世界に引っ張り混んだからか。
俺は頭が吹き飛ばされた男を見る。
使用されたのはそれなりに威力のある銃か。
ナイフを握り直し、男を殺した相手を迎え撃つ体勢を取る。
「お前は・・・」
現れたのは、顔がある男だった。
俺たちが最初に対峙したこのグループのボスと同じ服に体格。
だが、顔は違う。
あの男は金髪の男だったはずだ。
しかし現れた男は青みがかった黒髪の男。
そいつは音を立て、自分が手を下した男に近寄ると口元に・・・この場に不釣り合いな柔らかい笑みを浮かべる。
「ははは、無様だな」
カラカラと騎士のような乾いた笑い声を上げ、男は持っていた拳銃を死体の心臓に当てて連射を始める。
何度も、何度も、執拗に。
『それ』はもう死んでいるというのにまだ足りないとばかりに撃つ。
弾が無くなり、男は更に弾を補充し、撃つ。
この様子では・・・その『死体』の時計は修復不可能なまでに壊れているだろう。
「確か帽子屋の所に掃除屋が居たはずなんだよな・・・頼めばやってくれねぇかな」
男は独り言を呟くと立ち上がる。
「お前は・・・何なんだ・・・」
「・・・俺?」
顔があるその男は・・・四季やアリスと同じ余所者なのだろうか。
だが、何処か異質だ。
「今度ナイトメアにでも聞いてくれよ。ま、アイツが教えてくれるかは別問題だけどな」
「ナイトメア様・・・?」
「そ。アイツとは友達なんだよ、親友だ」
にこりと人の良さそうな笑みを浮かべる男は、何処か薄っぺらい。
「ああ、それと・・・。その子を安全なところまで連れて行ってあげてくれないか?このまま此処に居たら危ないだろ?」
そう言って男は鼻歌を歌いながら俺が殺した部下達の元へと歩いて行く。
その本当に楽しそうな様子は・・・気が狂っているとしか思えない。
ガン、ガンと何発も銃声が響く。
もう既に死んでいる男達の時計を、執拗とも言えるくらいにそいつは壊していく。
「誰が」
ぼそりと呟いた瞬間、男の顔が歪む。
激しい憎悪と怒りがそいつの顔に浮かび上がり、死体を何度も蹴り上げる。
「誰が四季を傷つけろって言った?お前達みたいな屑があの子を傷つけるなんてなぁ!二度と修理できないようにしてやるよ!!」
蹴り、殴り、撃ち、斬り付ける。
死体にはどんどんと傷が付き、仕舞いには腕や足がもげかけている。
「死ねよ、死ねよ。死ね、死ね死ね死ね死ね死ね!!」
死体の血を浴びながら、男は死体を執拗に痛めつける。
本当に修理させる気がないのかもしれない。
「ん?何ぼーっとしてるんだよ。早く帰れって、グレイ=リングマーク」
「何故俺の名前を知っている」
「そりゃ俺は結構長くこの世界に居るからさ。色々知ってるんだよ」
ぱっとその顔に笑みを浮かべる。
返り血を浴びながらそれでもそんな表情を浮かべられるこの男は、狂っている。
・・・俺が言えた義理ではないんだろうが。
「大丈夫だよ」
ふいに聞こえてきた柔らかい声色。
男は四季の目の前に膝をつき、手を伸ばしたが触れる事はしない。
「俺が四季を守るから。四季が怖がる事は何にもないから。全部全部悪い夢だから」
その目に愛おしさのような物をたたえて、男は平然と狂った言葉を紡ぐ。
「四季が笑ってくれるなら、俺が何でもしてあげる。だから大丈夫だよ」
そうして男は立ち上がるとひらひらと手を振りながら倉庫を出て行こうとする。
「四季をよろしく頼むよ、グレイ=リングマーク」
こちらを見ることなく、男は立ち去る。
まるで・・・嵐のようなその出来事に、質の悪い夢じゃないかとすら思う。
だが、倉庫に充満する血の臭いが、損傷の激しい死体が夢でない事を語る。
それより、アイツは何者なんだ・・・。
四季の知り合いで・・・ナイトメア様の友人?
「ぐ・・・グレイ様!?」
顔を上げれば塔の部下が焦ったような表情で倉庫に入ってくるところだった。
「他の奴らはどうした」
「は・・・それが・・・既に誰かに殺された後で・・・」
部下が口ごもる。帽子屋達がやったのか・・・?
「行きましょう、グレイ様」
四季を抱きかかえ直そうとして、彼女の服が血で汚れてしまっている事に気付く。
「・・・・・・四季を連れて行ってくれ」
「はい。誰かグレイ様を支えるんだ」
ナイフを突き刺した右足と左胸が痛む。
マフィアたちの隠れ家を脱出し、振り返る。
「―――っ」
あの男が隠れ家の中から俺を見てふっと微笑む。
それから、自分の心臓に拳銃を当てる。
鈍い音が響いて、血が飛び散ったのが見えた。