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「・・・・・・」
今度こそ現実で私は目を覚ます。
埃っぽい臭いと、タバコの臭い。
(グレイさんのタバコじゃない)
違う人のタバコだというだけでその臭いが不快なものにすら感じてしまう。
体を起こそうとするけれど、手を後ろで縛られているせいで上手く動けない。
「んっ・・・」
木箱に寄りかかりながら何とか体を起こす。
・・・ここは倉庫か何かなのかな。
埃とタバコの臭いの他には、木の匂い。
窓がない部屋だから外が今どうなっているのかが分からない。
(どうしよう・・・)
手は縛られたままだし、口はふさがれているし・・・。
ナイトメアさんはもうすぐ助けは来るって言ってたけど・・・。
せめて音を聞こうと耳をすませる。
(何だろう・・・人の声・・・)
怒鳴り声・・・?
大きな声が聞こえてくる。
私が思ってるよりも大変な事になってるのかもしれない。
どうにかして逃げ出さなきゃ・・・。
何とか手の拘束を外そうと暴れてみるけれど思った以上に強く縛られていて、動く度に縄が手首に食い込んで痛い。
でも、ここで諦めたらいけない。
何とか・・・何とかしなきゃ・・・。
動かしてたらこの縄緩んだりしないかな。あ、何か尖った物とかで縄を切るとか。
何か使えそうな物を探すけれど、倉庫として使われていたであろう部屋には木箱があるだけで役立ちそうな物は何も無い。
その時、ガタガタッとドアが音を立てる。
誰かが来た・・・?
は、早く・・・早く逃げなきゃ・・・。
恐怖と緊張で心臓は早鐘を打つ。
次の瞬間、ドアが蹴破られ、木で出来たそれは無残に砕けて、蝶番が不吉な音を立てて床に転がり落ちる。
そして見知らぬ男が部屋に入ってきた・・・と思ったら、誰かがその男を壁に向かって投げ捨てる。
「・・・!」
私を攫った一員の男を投げたのは、グレイさんだった。
横目で男を見るとピクリとも動かない。・・・・・・死んでいるのかもしれない。
「四季!」
グレイさんは私に駆け寄ると拘束を解いてくれる。
「怪我は・・・ないようだな」
一通り私に怪我が無いかを確認していたグレイさんが安心したように息を吐いて。
それから、目一杯私を抱きしめる。
「無事で良かった・・・」
グレイさんの、タバコの匂い。
それから、むせ返るような血の臭い。
「これ、怪我ですか!?」
よく見るとグレイさんのスーツや頬は血で汚れている。
「いや・・・これは・・・」
途端にグレイさんは口ごもる。
「居たぞ!トカゲと余所者だ!!」
グレイさんが口を開こうとしたとき、男達が倉庫の入り口に集まり始める。
「帽子屋め・・・。何が私に任せろだ」
グレイさんが舌打ちして、私を背に庇う。
それから振り返って優しく笑って私の頭をぽんぽんといつものように撫でる。
「すぐに終わる。だから少し目を閉じて待っていてくれ」
「・・・・・・」
頷こうとして、思いとどまる。
『グレイのことも受け入れてやってほしい』、そう言ったナイトメアさんの言葉を思い出す。
グレイさんがどんな人間なのか、私はきちんと見ないといけない。
グレイさんは頷きかけたのを肯定と取ったのか私を背に庇ったまま、ナイフを構える。
白い光が閃いて、グレイさんに襲いかかった男の胸が赤く染まる。
体が震えそうになる。
グレイさんは、こわいひとだ。
でも、私には優しい。
スーツや頬を汚していた血は、グレイさんの血じゃなくて彼らの血だったんだ。
男の1人を斬り殺したグレイさんと目が合う。
途端に、グレイさんの目が驚愕に見開かれる。
大丈夫ですよ。
口だけを動かす。
どんな人でも、この人はグレイさんだ。
優しくて、大人で。でも、今みたいに怖い一面もあって。
グレイさんがふっと微笑む。
今まで見たどの笑顔よりも、柔らかい笑み。
最後の1人が倒れ、私はグレイさんに駆け寄ろうとしたけれどそれは無駄に終わる。
「はは・・・ははは・・・トカゲ、動くなよ」
「グレイさん・・・」
まだ残っている人が居たようで、その男は私を盾にグレイさんと対峙する。
ごりっと音がして頭に銃が突き付けられる。
「・・・・・・」
グレイさんは忌々しげに男をにらみ付けているが、動かない。
私が人質に取られているから。
「動くな・・・動くんじゃねぇぞ・・・」
男はゆっくりと銃口をグレイさんに向ける。
「やっ・・・やめっ・・・」
銃声が響いて私は思わず目を閉じる。
目を閉じた暗闇の向こうグレイさんの、息が詰まったような声。
「グレイさんっ・・・!」
グレイさんが膝をついている。
床に赤い液体が流れている。よく見るとグレイさんの右足からそれは流れていた。
「そんなにこの女が大事かよ。こいつを殺されたくなかったら・・・そのナイフで自分を刺せよ。じゃなきゃ、こいつを殺す」
まずは右足だ、と男が言う。
「やめて!グレイさんやめてください!!」
けれど、グレイさんは無言で右足にナイフを突き刺す。
「・・・っ」
ガチガチと歯が鳴る。
グレイさんが・・・このままじゃグレイさんが死んじゃう・・・。
「やめて・・・お願い・・・お願いだから・・・」
男は私の拘束を強めると、更に銃口を頭に押しつける。
「時計だ。自分で時計を壊せ」
「もう止めてください!そんなことしないでください!!」
グレイさんは、ナイフを自分に向ける。
『四季!!』
ナイトメアさんの声が頭に響いて、意識が強制的に夢に落ちる。
その間際に、私の目に映ったのは、グレイさんが自分にナイフを突き刺すところだった。
何処か遠くで、銃声が聞こえたような気がした。