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「あ、ここまでで大丈夫だよ」
帽子屋屋敷でのお茶会の帰り道。
ここまで来れば塔の領地は目の前。
「そう?大丈夫?迷ったりしない?」
「もう迷わないよ・・・」
多分。
と、その言葉は心の中で呟く。
「あ、それなら路地にあるお店まで一緒に行かない?城の人にお土産を買いたいのよね」
「うん。あそこのお菓子美味しいもんね」
グレイさんは軽すぎって言ってくれたけど・・・やっぱり食べちゃうなぁ。
あ、私もナイトメアさん達にお土産買っていこう。
「・・・ナイトメアさん、ちゃんと仕事してるといいけど」
思わずため息が重くなる。
そんな私を見てアリスがクスクスと笑う。
「四季も大分馴染んだわよね」
「そう・・・かなぁ?」
自分ではまだまだ慣れない事がたくさんある。
でも、慣れなきゃ。そして、受け入れなきゃ。
「アリス。私ね」
目的の店に向かいながら私は口を開く。
「この世界に残りたいんだ」
アリスがこの世界を選んだように、私も。
「うん」
「ナイトメアさんとグレイさんが居るクローバーの塔が好きでね、アリスのことも好きで・・・。この世界が大好きなんだ」
時間が狂った、【時間の国】。
私が居た世界とは常識も何もかもが違う。
それでも私は・・・残りたいって思った。
「私ね、アリスの事大好きだよ」
別の世界からここにやってきた、私と同じ【余所者】の女の子。
アリスもまた、私がここに残りたい理由の1つ。
「有り難う。私も四季の事が好きよ」
アリスがにこっと笑う。
「アリスもこの世界に残る事を選んだんだよね?」
「ええ。この世界で・・・大切な物が出来たんだもの」
この世界にやってきて、大切な物が少しずつ増えていって。
そうして、【残る】という選択をした。
それが正しい事なのかは分からないけれど、そうしたいと強く思って。
「この世界に来てよかった」
心から、そう思う。
大好きな人達がいる世界。
元の世界よりも・・・この世界の方が、私は。
アリスと話をしながらいつもの洋菓子店へ向かう。
「ごめんなさい。このお店見てきて良いかしら」
「うん、私外で待ってるね」
アリスが小走りでお店に向かうのを見送って、外に並んだディスプレイに目を向ける。
「・・・っ!?」
突如背後から伸びてきた手に口をふさがれる。
「騒ぐな。アンタは大事なお客さんだ。大人しくしてれば殺さねぇよ」
腕をねじり上げられ、悲鳴が漏れそうになるけれど、ふさがれた口から出てきたのは掠れた空気だけ。
「よし、ボスが言ってた余所者の女はコイツだ。とっとと撤収するぞ」
「はっ・・・放して・・・!」
けれど相手の男の力は強く、私はズルズルと路地裏に引きずり込まれる。
暴れた拍子に帽子が地面に落ちる。
「大人しくしろっつってんだろ?」
「あっ・・・」
首元に、ナイフが当てられて・・・一瞬私がこの国に来たときの事を思い出す。
「縛って猿ぐつわかませとけ。騒がれると面倒だ」
「塔の連中を脅せるいい道具だから出来るだけ傷つけるなってボスから言われてるしな」
後ろ手に縛られて、口もふさがれる。
どうしよう・・・塔の連中を脅すって・・・。
もしかしてこの前表通りで爆発騒ぎを起こした人達!?
震えそうになる体を必死に叱咤する。
・・・アリスは捕まってない。
きっと私が居なくなって、帽子が落ちていれば何かがあったって察してくれる。
そうすればナイトメアさんたちにも話は行くはず。
私は抵抗を止めて大人しくする。
「はは、賢いこった。こんな所で殺されたくなんかないもんなぁ」
男はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて、部下であろう男達にとっとと連れて行け、と命令を下す。
大人しく歩きながら、考える。
一応、大人しくしていれば私に怪我をさせる気はないみたい。
それなら・・・大人しくしてるのが一番いいのかな・・・。
今此処に居る4人の他に何人くらい居るんだろう。ボスだという人は確実に居るみたい。
(グレイさん・・・ナイトメアさん・・・)
今も視界に映るクローバーの塔を見ながら私は歩く。
薄暗い路地裏を歩き、角を何度も曲がり。
もう方向感覚がつかない。
「そろそろ頃合いか」
この場のリーダー格の男の声が聞こえて、首の辺りに強い衝撃を感じる。
息が詰まって、倒れ込む。
殴られ、た・・・?
(ごめん、なさい・・・)
ゆっくりと、思考が暗闇に落ちていった。