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いつもの私の部屋。
時間帯がいくつ変わろうと、それは変わらない。
ノックの音が響き、私はペンを置くと部屋の外にいる『元』余所者に入室の許可を与える。
元、と言うのは語弊がある。
彼は未だ余所者でもあるし、この世界の住人と化したとも言える。
顔がない役無しだったはずの部下には顔があり、一般的に言えば整った顔に冷たい笑みを浮かべている。
「よう、ナイトメア。久しぶり・・・って訳でもないな」
彼は私の部下だが、今は『悠希』でもある。
悠希は勝手知ったる態度でソファに座ると背もたれに体を預ける。
「君の勝手な行動を尻ぬぐいする私の気持ちも考えて欲しいものだね」
「俺はそれなりに痕跡残さないようにやってるさ。アンタが勝手にやってるだけの話だろ?」
悠希は肩をすくめると、楽しげな表情になって髪の毛を弄り始める。
かつてアリスが言っていた、【嬉しい事があったとき】の悠希の癖だ。
言われてみてみれば確かに悠希は嬉しい事があったとき、必ずと言っていいほど髪の毛を弄っていた。
「何をそんなに良い事があったんだ?」
今この塔に・・・いや、クローバーの塔の領地内に四季は居ない。
だからこそこうやって悠希は私の前に顔を出した。
「ん?多少誤算はあったけど、概ね計画通りに進んでるからね。そりゃあ嬉しいよ」
そう言って笑う悠希は腹の中にとても恐ろしい感情を潜めているようには見えない。
そんな事を言ったところで信用する人など居まい。
それほどまでに彼は人を騙し、巻き込むのが上手い。
「・・・四季が爆発に巻き込まれるのも計画通りだっていうのか?」
「ああ、アレか。アレは想定外。もう少し待てって言ってたんだけど・・・っておいおい、そんなこと言わせないでくれよ」
俺たち友達だろう?といっそ胡散臭い笑顔で悠希は言う。
「ナイトメアには悪いとは思うけど、アレだってもうちょっと小規模な爆発にする予定だったんだぜ?」
勝手に計画変更されると困るよ、とぼやく。
「君が何を考えているのかは分かっている。だがあまり目立った行動は・・・」
「分かってるよ。それに、あの時勝手に計画変えたヤツはとっくに殺してやってるしね。そもそも・・・」
そこで区切ると悠希は忌々しいと言った表情で舌打ちする。
「四季を傷つけるなんて論外だ。惨たらしく殺してやったよ」
ははは、とまるで騎士のように軽い笑い声を上げる。
彼は確かに【余所者】であった。時計ではない心臓を持っていたし、何より考え方からしてこの世界の人とはわかり合えない。
けれど彼は、
「俺は四季を愛している。だから四季に幸せになってもらいたいし、四季にこの世界に残って欲しい」
ある意味では、私たち以上に狂っている。
自分を「四季の為だけに存在している男だ」と言い、彼女を幸せにする為だけにこの世界へ呼び込んだ。
いっそそこまでくると清々しさすら感じる。
命が軽いこの世界では、例え恋人や夫婦でも家族間の関係は希薄とも言える。
自ら心臓を捨ててまでこの世界の住人になり、それでも持っている四季への愛情。
白ウサギにも似ているが、それよりも狂気を感じる。
「俺の行動理由なんてそれだけだよ。ペーターと変わらないさ」
「ペーターよりも狂気じみてるがな」
そうか?と悠希は肩をすくめ楽しそうに笑う。
「俺もペーターも変わらないよ。ペーターはアリスにとっての案内人で、俺は四季の案内人。それだけだ」
悠希が何を考えているのか分かるからこそ胃が痛い。
今ではもう四季もこのクローバーの塔の一員だ。
彼女が私たちを好いてくれているように、私たちもまた彼女を好いている。
「それに、出来る限りアンタには迷惑はかけないよ。ハートの国でも引っ越してからも世話になってるしさ」
「そうしてくれるとありがたいな。ただでさえ仕事が増えてるんだ」
グレイの頭に角が見えたぞ・・・。このままだと本当に殺されかねない。
「それはナイトメアがため込んでるせいだろ。俺とは関係ない」
ああ言えばこう言う男だ。
「さてと、それじゃそろそろ俺は行くかな。今度こそ俺は四季を守らなきゃいけないんだ」
よっこいせ、と立ち上がり悠希は私に背を向ける。
「なぁ、ナイトメア」
私に背を向けたまま、悠希は口を開く。
「こんなことになったし、きっと俺はこうするために自分からこの世界にやってきたんだと思う」
「ああ、そうだろうな。最初から君の興味は『四季』だけだった」
「でもさ、俺・・・これでもナイトメア達の事好きなんだぜ?」
振り返り笑みを浮かべる悠希が狂っているなんて、誰も信じない。
「分かっているさ」
それを分かっているから、私は彼を少しだけ手助けした。
「じゃあな」
手をひらひらと振りながら悠希は部屋を出て行く。
「何が白ウサギと変わらない、だ」
私たちより狂っている。