■■■
「お茶会」
「えぇ、ブラッドに誘われてるんだけれど一緒にどうかしら」
うーん・・・ブラッドさんちょっと苦手なんだよなぁ。
初対面であんな事を言われたからかもしれないけど・・・。何だろう。
ブラッドさんって何て言うか、色々楽しんでるような感じがするんだよね。
でも、帽子屋領にも行ってみたい・・・は行ってみたいんだよね。
ちょっと遠出するのも楽しそう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ナイトメアさんを見てみる。
「行きたいんだな?」
「・・・ちょっと」
ナイトメアさんはペンを置くと宙を見る。
「まあ、帽子屋の茶会なら心配はないだろう。少し外に出てみるといい。行っておいで」
「いいんですか!?有り難うございます!」
やったぁ、塔の領地の外に出られる。
今までは色々と怖かったのもあって、行動範囲は塔の中か表通り一帯くらい。
他の領地ってどうなってるんだろう。わくわくするな。
「それなら5時間帯後からだからまた迎えに来るわね」
「うん、有り難うアリス」
お土産にマフィンを持ってもらってアリスを見送る。
それから部屋に戻ってグレイさんにもらったぬいぐるみを抱きしめる。
結局、私は何も言えなかった。
迷ってないって、それしか伝えられなかった。
グレイさんも何も言わなくて。どうしたらいいのか分からなくて。
「私、何処にも行かないよ」
ベッドに倒れ込んで目を閉じる。
そういえばここしばらく夜の時間帯が来てなかったから、眠い。
(言わなきゃ、な)
うつらうつらと夢と現実の間を彷徨う。
『おいで』
ふと聞こえてきたドアの声。
(行かないよ)
ドアの声が聞こえても、私が行ける場所なんて何処にもない。
それでも、行ける場所はなくても、私が居たい場所ならある。
振り払うように目を閉じる。
それから暫くして目を開けると、そこは夢の世界。
現実の四季は寝てる・・・らしいけれど、何だか不思議な感覚。
よくこの世界でナイトメアさんと話すけれど、今日は呼んでもナイトメアさんは出てきてくれない。
「ナイトメアさん?居ないんですか?」
ここに呼ばれると、いつもナイトメアさんはいるのに・・・。
・・・何だろう、1人で居ると少し心細い。
『四季』
「なん・・・で・・・」
私の目の前に現れた顔が見えない人。・・・役無し。
でも、その声は私を呼んだ人にそっくり。
『君はこの世界が好きなんだろう?ここに残りたい理由が出来たんだろう?』
その人は、彼は口元に薄く笑みを浮かべる。
『そのままもっともっと、この世界を好きになって。この世界に残りたい理由をもっと作って』
酷く冷たい笑い方なのに、私には柔らかく見える。
「・・・何で?だって、あなたは私が元々住んでいた世界の人なんだよね?」
まるでナイトメアさんのような事を言う。
彼は軽く肩をすくめる。
その仕草が、誰かと重なったような気がするけれど思い出せない。
私の問いに答えず、彼は私に背を向ける。
「待って!まっ・・・」
突然視界が大きく揺れる。
はっと意識が覚醒する。
「あ、れ・・・」
ぼやけた視界。私は、寝ていた・・・はず。
「四季。大丈夫か?」
「グレイさん・・・?あれ・・・?」
ここは私の部屋で、私は寝てたはずで。
頭の中を疑問符が舞う。
「勝手に入ってすまない。ただ・・・その、何度呼んでも目を覚まさなかったから・・・」
冷たい汗が流れる。
私はゆっくりと首を横に振って大丈夫ですと返す。
「わ、たし・・・どれくらい、寝てたんですか・・・?」
少し目を閉じるくらいの気持ちだったんだけど・・・。
「2時間帯くらいだな」
「そうですか・・・」
ゆっくりと息を吐くと、私はグレイさんの肩に自分の額を押しつける。
「私、この世界に残る事は迷ってないんです」
グレイさんが息を呑んだのが分かった。
肩が小さく震えた。
「ただ、自分の事が分からなくて。それで、迷っています」
私が帰る場所が分からない。
「分からないのなら」
「・・・・・・はい」
グレイさんの手が私の頬を撫でる。
その心地よさに目を閉じる。
「分からなくてもいい。君の帰る場所はこのクローバーの塔だ」
一度頷こうとして、固まる。
唇に何か柔らかくてしめったものが触れる。
タバコの匂いが鼻先を掠める。
「え!?」
すぐさま目を開けるけれど、そこには真剣な表情をしたグレイさんがいるだけ、で。
「ナイトメア様から話は聞いている。帽子屋の所の茶会に行くんだろう?休める内に少し休んでおくといい」
グレイさんは口元に柔らかく笑みを浮かべてから猫のぬいぐるみを私の腕の中に落とす。
「・・・はい」
グレイさんが部屋を出て行くと、指先で自分の唇をなぞる。
「今のって。今の・・・って」
私は赤くなった顔を隠すようにベッドに倒れ込む。
「・・・・・・どうしよう」
何をされたのか、それが分からないほど子供じゃないけれど、その行動の理由が分からない子供。
「グレイさん」
ぬいぐるみに顔を埋めながら、私は思い人の名前をそっと呟いた。