「えーと、後何か買う物はありますか?」

塔で使う日用雑貨などの買い足しで、私はグレイさんといつもの通りにやってきていた。

「あぁ、後は今のところ急いで買う物はないから大丈夫だろう」
分かりました、と頷いて私の手の荷物とグレイさんの手の荷物の量の違いに、流石に焦る。
「あ、あの、私もう少し荷物持ちます。重いですよね?」
流石にそこまで非力じゃないし、重い物くらい持てる。
「いや、女の子にあまり無理はさせられないからな」
気にしなくていい、とグレイさんが笑う。

甘やかされてるなぁ。

「あ、ぬいぐるみだ」

この前は無いお店。屋台だから移動してるのかな?
「わぁ、可愛い!」
手にとってみると、ふわふわしたタオル生地に多すぎず少なすぎずの綿が心地よい。
「ああ・・・これは可愛いな」
グレイさんが、私が持っている猫の色違いのぬいぐるみを手に取る。
「グレイさんも好きなんですか?」
ちょっと意外かも。
「そうだな。こういう可愛い物を見ていると癒される」
「あ、分かります。ふわふわしてて気持ちいいですよね」

むにむにとぬいぐるみを揉む。


『彼らには下心が無いからね。だから猫や犬は好きだよ』


(・・・・・・)

ゆっくりと息を吐いて首を振る。
思い出しても仕方が無い事だもの。

「四季」
「はい?」

名前を呼ばれてグレイさんの方を向くと、目の前に猫が差し出される。
「よかったらもらってくれないか?部屋に置いておくといい」
「いいんですか・・・?」
おずおずと手を差し出すと、私の手の中に柔らかいぬいぐるみがやってくる。
「ああ。俺が四季にプレゼントしたいんだ」

どうしよう。それだけで、嬉しい。

「有り難うございます。大事にします」

ぎゅうっと抱きしめるとぬいぐるみは私の腕の中で形を変える。
どうしよう、どうしようどうしよう。


嬉しい。


と、とりあえずこの子は部屋に飾ろう。
疲れたときにふわふわしよう。
「はは、そんなに喜んでもらえるとプレゼントしたかいがあったな」
「だって・・・すっごい嬉しいんです」

好きな人からプレゼントをもらうって、すごく嬉しい。

「さて、そろそろ戻らないとナイトメア様がまた脱走しそうだ」
ため息を吐きそうな顔でグレイさんが言う。
「はは・・・。ちゃんとお仕事してなかったら休憩なしにしちゃいましょう」
今度こそ買えたマフィンで、今度こそちゃんとお茶会をしよう。
次こそはアリスも一緒にお話しできればいい。

やりたい事がたくさんある。

(グレイさんも一緒に、居られればいいのにな)

グレイさんの隣を歩きながら私はそう思う。

ふいに。

「・・・・・・あ」

見慣れた人が視界の端に映った。
思わず立ち止まって目をこらす。
「四季?どうしたんだ?」

どくん、どくんと、心臓の音がうるさい。
かち、こちと、時計の音も響く。

「ユーキ?」

違う。私が知ってるユーキじゃない。でも、あの人はユーキだ。
追いかけなきゃ、そう思って駆け出そうとした、その瞬間

「四季!!」

グレイさんが私の腕を掴む。

「あ・・・」
もう居ない。
知らない人のはずなのに、どうして私はあの人をユーキだと思ったんだろう。
「ごめんなさい・・・」
「いや、大丈夫か?顔色が悪い・・・」
ふるふると首を横に振る。
「早く、帰りましょう」
グレイさんを促す。
今この場に居たら迷ってしまいそう。
思わずグレイさんのスーツの裾を握ってしまう。

「ああ、帰ろう」

「・・・はい」

グレイさんが、そんな私の手を取って握ってくれる。
私よりも大きい、男の人の手。

「グレイさんが居れば、ちゃんと帰れますよね」
「迷っているのか?」

首を横に振ろうとして、止まる。
この世界に残りたいという気持ちに迷いはない。
ただ、迷っているとしたら自分自身について。

「俺は」

グレイさんが、強く私の手を握る。

「君に何処にも行って欲しくないんだ」
「・・・え?」

それは、うぬぼれてもいいんですか?
喉がカラカラに乾いて、何て言ったらいいか分からなくて。

「迷ってなんか、ないです」

私は、この世界に居たいんです。

ただそれだけを、必死になって返した。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -