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「はぁ」
ひたすら書類の整理を続けながら、私はため息を吐く。
私はこの世界に残りたい。
それは、このクローバーの塔が好きで、ナイトメアさんが好きで、グレイさんが・・・・
グレイさんの事が、男の人として好きだから。
残りたいという気持ちが本物で、この自覚した恋心も本物。
「どうすればいいんだろう」
グレイさんの側に居たいという気持ち、ユーキを探さなくてはという気持ち。
元の世界に対する気持ち。
一つ一つ解決しなきゃいけないはずなのに。
どうすればいいのか、自分の事なのに分からない。
「分からない事だらけだよ」
ユーキの事、家族の事。
(ユーキって、誰だっけ・・・)
とても大事だった。それだけは分かる。
でも逆に言えばそれしか分からない。
ユーキという人の顔も性別も、私との関係性も何も分からない。
けれど大事だという事だけは分かる。
ナイトメアさんも分からないなら、この国にユーキは居ないのかもしれない、とも思った事もある。
でも、ユーキはこの国に居る。
勘とも言えるものだけど、これだけは断言できる。
「会いたい」
会えば分かるはず。
ふるふると首を横に振って、思考を振り払う。
「よし、とにかく仕事!」
今は1人で考え込んでも仕方ない。
書類を持ってナイトメアさんの執務室へ向かう。
「ナイトメアさん、書類持ってきまし・・・たあ!?」
埋もれている。
白い山にナイトメアさんが埋もれてしまっている。
「わぁ・・・・・・・・・真っ白ですね」
何て言っていいか分からず、ようやく言葉を絞り出す。
「だ、誰かお茶を・・・!」
「今コーヒー持ってきますから。それまで死なないで下さいね!」
「うう、グレイも酷いが四季も酷い・・・」
うめくナイトメアさんの机に持ってきた書類を置いてから私はキッチンへと向かう。
徐々にコーヒーを淹れるのにも慣れてきた。
この世界に来て色んな事が変わっていって、それと同時に変わらないものもあって。
「楽しいな」
出来なかった事が出来るようになるって、楽しい。
グレイさんもそろそろ戻ってくる時間のはずだから、2人分のコーヒーと自分用のココアをおぼんに載せて執務室に戻る。
「ナイトメアさーん、コーヒーですよー」
「ああ、すまないな」
何だかナイトメアさんがぐったりしている。
どうしたんだろう・・・。
「いや、先日の爆発騒ぎもあって色々な」
「ああ・・・なるほど」
爆発の規模は大きくなかったらしいけれど、領地内での出来事ともあって後処理が大変だったみたい。
「・・・マフィン、買い損ねちゃったなぁ」
ぽつりと呟く。
本当だったらみんなでお茶出来たはずなのに。
ナイトメアさんの呆れたようなため息が聞こえる。
「前にも言ったが、少しは自分の身を案じたらどうなんだ?君は関係のないはずのごたごたに巻き込まれた側なんだぞ?」
「それは、そうかもしれないですけど・・・」
でも、そんな風に言いたく無い。
命を狙われているのはナイトメアさんなのに、そんな風に言うなんて。
「お茶ならいつでも出来るだろう。次は会合中にすればいい。期間中は安全だからな」
「比較的、でしょう?」
そう言うとナイトメアさんは肩をすくめる。
「失礼します。ああ、四季も来ていたのか」
「グレイさん!お疲れ様です。コーヒーどうですか?」
カップをグレイさんに渡し、3人でひとときの休憩を楽しむことにする。
「四季。体はもう大丈夫か?」
「はい、もうお仕事するにも支障はないですし大丈夫です」
アリスもそうだし、グレイさんもそうだし、私もそこまで貧弱って訳じゃないんだけどな。
十分すぎるくらいお休みをもらったからもうすっかりよくなっている。
「アリスは心配性だからな。君だってアリスがあの状況になっていたら心配するだろう?」
「それはそうですけど・・・」
うーん・・・そう言われたらそうなんだよなぁ。
「グレイはグレイで君を心配してるんだ。大人しく心配されておくといい」
「・・・・・・・」
「ナイトメア様」
グレイさんが上司であるナイトメアさんをとがめるような声を出す。
ぎゅっと、両手でカップを握る。
心配してくれてるのは嬉しいけど・・・。
それってどういう意味・・・。やっぱり塔の居候だから?そうに決まってるよね。
1人悶々としていると、ナイトメアさんが笑った気配がする。
「ナイトメア様、何を1人で笑ってるんですか。とうとう頭まで可笑しくなりましたか?」
「グレイさん普通に酷いですね」
上司なんだよね?仮にも上司なんですよね?
「仮にも・・・!?四季、君も君で酷いぞ!」
「え!?あぁ、ごめんなさい!」
そうだった、ナイトメアさんは考えてる事が分かっちゃうんだった。
ごめんなさい、悪気は無かったんです。普通にそう思っちゃっただけなんです。
するとナイトメアさんが2人とも私を何だと思ってるんだ、と言いながらいじけて机に突っ伏してしまう。
私はそれを見て思わず吹き出す。
グレイさんが、優しい目で私を見ている。
(続けばいいのに)
この何てこと無い塔での日常が。
(あれ、何を考えてたんだっけ)
ナイトメアさんと話す前に何か考えていたような気がする。
(まぁ、いいか)
ざわざわした違和感に心の中で首を傾げたが、私はそれを振り払って目の前の日常に身を浸した。