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何の変哲もない少女。
それが、俺の彼女に対する最初の印象だった。
俺たちと同じ役持ちではない。だが役無しでもない。
けれど、見ているとざわざわとしてくる。
最初俺に怯えていた彼女は徐々に俺に対しても彼女本来の性格で接するようになっていった。
それと比例するように、ざわざわとした感情は徐々に大きくなっていく。
『好きだな』
あの月夜の日、背後から聞こえた小さな呟きは俺に対しての発言ではないと分かった。
それでも、その感情が大きくなり胸がざわつく。
(いつの間にか四季が居るのが当たり前になっているな)
俺にとっても、ナイトメア様にとっても、塔に勤める人間にとっても。
いつの間にか四季は俺たちの日常に溶け込み、居なくてはならない人間になっていった。
それに、四季がクローバーの塔に滞在するようになってからナイトメア様の脱走も多少はよくなられた。
「ナイトメア様!」
珍しくナイトメア様が真面目に働いていると、部下の1人が慌てた様子で執務室に入ってくる。
「・・・何、それは本当か?」
心を読んだのか、ナイトメア様の表情が険しくなる。
「は、はい。表通りで爆発が。おそらくは以前の会合中に塔を嗅ぎ回っていた連中かと・・・」
表通り・・・。
『今日は表通りで休憩用のお菓子を探そうと思ってるんです』
「・・・っ」
四季は、彼女は巻き込まれてはいないだろうか。
「グレイ。表通りの様子を見てこい。・・・・・・四季は表通りに行っているんだろう?」
「はい。出かける前に行き先はそこだと」
ナイトメア様の表情は硬い。
まさか、四季はもう既に巻き込まれているんだろうか。
部下を数人引き連れ、現場へと向かうとそこには四季の名前を呼ぶアリスが居る。
その顔は血の気が失せて真っ青だ。
「アリス」
「グレイ!四季が・・・四季がっ・・・」
自分の血が引く音がする。
「四季は!?何処に居るんだ?」
冷静になれ、と言い聞かせる。
「四季は・・・私の後ろを走っていて・・・多分・・・爆発に巻き込まれたんだと・・・」
煙の量や火薬の臭いからして爆発の規模は大きくない。
だが、彼女は一般人だ。
部下の1人にアリスの側に居るように言い、俺は立ち上る煙の中へ踏み込む。
「・・・・・・お前は」
その煙の中、人が立っている。
「お前がこれの首謀者か?」
だが、それは答えずに煙の奥へと消えていく。
追いかけようとして、それが立っていた足下に四季が倒れている事に気付く。
「四季!?」
慌てて彼女を抱き上げる。
頭に少し怪我をしているが、目立った大きな怪我はなさそうだ。
先ほどの人物は気になるがそれよりもまず四季とアリスを安全な場所へと連れて行かなければ。
四季をそのまま抱き上げる。
(軽いな)
俺たちよりも命を重要視する余所者の体はとても軽い。
流れてきた風で煙も少しずつ街へと流れていく。
「グレイ、四季は・・・!?」
「ああ、少し怪我をしているがこれくらいなら心配する事はない」
俺の言葉にアリスはほっとした顔になる。
「アリス、また何かあるかもしれない。このまま一度塔へと来て欲しい」
「ええ、分かったわ」
クローバーの国に来る前、アリスはハートの国に居たという。
こういった場面は、四季に比べれば慣れているのかもしれない。
部下にその場を任せ俺は四季を抱えたままアリスと共に塔へと戻る。
簡単な手当をし、四季をベッドに寝かせる。
前に抱きしめたときにも思ったが、とても細い。
「四季」
返事がないのは分かっている。
ふぅ、と息を吐く。
「グレイ、入るわね」
ノックと共にアリスの声が聞こえ、ドアが開く。
「お医者様が来てくれたの。グレイは大したことないとは言ってたけど一応呼んだみたい」
「ああ、そうだな」
もう血も止まっているとは言え、何かあるといけない。
「グレイ。助けてくれて有り難う」
アリスと共に部屋の隅へと移動する。
「いや、2人に何事も無くて良かったよ」
「この世界に来て大分経つけれど・・・やっぱりまだ慣れないわ」
やはり余所者の感性は俺たちとは違うようだ。
俺たちの当たり前は、彼女たちにとっての当たり前ではない。
「君は、この世界に残った事を後悔しているのか?」
「・・・いいえ。この世界には大事な人がたくさんいるもの」
アリスはそう言って微笑む。
彼女は、四季は・・・この世界に残りたいと思ってくれるのだろうか。
「――――てでも」
「・・・グレイ?」
心の中で呟いた言葉は、無意識に呟いてしまっていたようだった。
(例え君を縛り付けてでも)