「グレイさん!」

目的の人物の後ろ姿を見つけ、小走りで駆け寄る。
「四季。もう大丈夫なのか?」
「はい。怪我も大したことないみたいなので大丈夫です」

グレイさんは今からナイトメアさんの所に行くみたいなので一緒についていく。
「あ、それに塔にも運んでもらっちゃったみたいで・・・お、重かったですよね」
ここのご飯美味しいし・・・表通りのお店のお菓子美味しいし・・・。
この世界に来てから食べる量増えちゃってるし・・・絶対体重増えてる・・・。
「いや、寧ろ軽すぎる。ちゃんと食べているのか?」
「ええ・・・。これでもここに来てから食べる量増えてるんですけど・・・」
お世辞?お世辞なの?
「そうなのか?もしかしたら仕事が忙しいからかもしれないな。あまり無理はしなくていいからな?」
「はい。有り難うございます」

あ、歩きやすい。

私の歩幅に合わせて歩いてくれている。
(やっぱりグレイさんは優しいなぁ)
グレイさんと一緒に居るのが楽しい。

「四季」

「はい?」

ふいにグレイさんが足を止め私を呼ぶ。


「ナイトメア様ー!何処にいらっしゃるんですかー!」


更にグレイさんが口を開こうとした所で、廊下の向こうから部下さんのナイトメアさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
ああ、また脱走したんだ・・・。

「もー、また脱走したんですか!私あっち探してきま・・・」

背を向けて走り出そうとして、言葉が途切れる。
グレイさんが、後ろから私をきつく抱きしめる。予想もしていなかった出来事に、心臓が跳ねた。

「四季が、無事で本当に良かった」

耳元で聞こえる掠れた声に、本当に私を心配していた色が混じっていて。
「もう、ナイトメア様から聞いているんだろう?俺たちは壊れた所で修理が出来る。けれど」
そこで言葉を句切るとグレイさんの腕に更に力がこもる。
「君はそれが出来ない。本当の意味で替えが効かない存在なんだ」
「グレイ、さん」

違う。違いますよ。
グレイさんもナイトメアさんも、替えなんかきかないじゃないですか。
貴方たちが居なくなって、【別の】貴方たちが現れたって、それは私にとっては別の人じゃないですか。
そうなったら、このクローバーの塔は私が知ってるクローバーの塔じゃなくなっちゃうじゃないですか。

この世界の常識が、私にとっては辛い。

「そんなこと、言わないで下さい」
私を抱きしめるグレイさんの手に、自分の手を重ねる。
「私、グレイさんの事もナイトメアさんの事も大好きです。2人が居るからこのクローバーの塔なんです」
だから居なくなる事を前提で話なんてしないでほしい。

ああ、そうだ。
好きなんだ。

私は、ナイトメアさんとグレイさんが大好きで。
このクローバーの塔が大好きで。
この場所に居たいんだ。
その気持ちを自覚すると、自分でも驚くほど頭がすっきりする。
もう、ドアの声なんて怖くない。

「私は、グレイさんが居てナイトメアさんが居る。そんなクローバーの塔が好きなんです」

ずっとここに居たいと思うほどに。
だから、私は。

「っ!」

誰かの足音が近づいてきて、グレイさんが慌てて私を放す。

「グレイ様、ナイトメア様は・・・」
「いや、こちらでは見ていない。直ぐ探しに行くからそっちを頼む」

ナイトメアさんを探す部下さんにてきぱきと指示を出すと私に向き直る。
わ、私また・・・グレイさんに抱きしめられたんだ・・・。
そう思うと途端に心臓が煩く鳴り始める。

「俺はこのままナイトメア様を探しに行く。四季はまだ休んでいた方が良い」
「え、大丈夫ですよ。私も探します」

むしろこの心臓を鎮めるためにも歩き回りたい。

「そうか・・・だが・・・」
「もう大丈夫ですって!少しくらい歩かないと運動不足になっちゃいますから!」

あっち行ってきます!とそれだけを言って私は早足に駆け出す。
走ると少し体が痛むけど、あの場にいると心臓が痛くて仕方ない。
少し走って、私は塔の壁に背中を預けて、そのままずるずると床に座り込む。

まだ、心臓が早鐘を打っている。

(グレイさんの、匂い)

タバコの匂い。

『四季が、無事で本当に良かった』

その言葉は、私がここに滞在しているから?
それとも、もっと、別の意味に取っても、いいのかな。

「まさか、そんな訳」

膝を抱えてぽつりと呟く。
グレイさんは大人で、優しくて、いい人だから。
私を心配してくれていた。それだけ。そのはず。

「・・・ナイトメアさんを探そう」

自分に言い聞かせるように呟いて私はまた塔の中を歩く。

(グレイさんの事、好きだな)

私が、この世界に残りたい理由。




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