「・・・・・・」

塔の屋上。
時間帯は夜。

会合が終わって塔は静けさを取り戻す。
人が居て賑やかな塔もいいけど、クローバーの塔はこうじゃないと違和感があるかも。

夜でもこの世界はそこまで寒くないから、私は手すりに寄りかかって星空を見上げる。
今もちりちりと胸の奥が痛んで、何かを思い出さなきゃいけないと焦燥感に駆られるのに、直ぐにその気持ちが燻って消えていく。

まるで、浮かび上がる感情が私が知らない何かによって、取られてしまっているような。

あの日以来エースさんが言うドアの声は聞こえない。
何度かあのドアを開けようとしたけれど、開ける勇気が無くて今に至る。

「このままで良いのかな」

ざぁっと、森からの風が心地よい。

「四季?」

「グレイさん」

背中からかかった声に振り返ると、不思議そうな顔をしたグレイさんが立っている。
「こんな時間に珍しいな」
「そうですね。夜は寝てる事が多いですから」
元の世界だと夜は寝る時間だったし、出来るだけ夜の時間帯に寝るように心がけている。
・・・とは言っても夜の時間帯が来ないときは寝ちゃうけど。
最初は違和感があったその行動にも徐々に慣れが出てくる。

「空を見てたんです。それに風も気持ちいいので」
「ああ、今日は特にキレイだな」

グレイさんと並んで星を眺めながら、元の世界の話やこの世界の話をぽつりぽつりと交わしていく。

「だから、元の世界だとこんな風に星が見えないんです」
「夜でも昼のように明るい街、か。あまり好ましくはないな」
グレイさんの声に苦笑を浮かべる。
昼も夜もない。
ただただいつも明るくて、ううん、むしろ眩しい。
目が眩むくらい。

「そう考えると、時間がバラバラでもこの世界の方が昼も夜もあるような気がするんです」

下をのぞき込むと街灯りがぱらぱらと点いていて、小さな灯りが優しく光っている。

「・・・だから、私、この世界が好きです」

風が私の言葉を攫って、グレイさんは口元に笑みを浮かべる。
「君に好きになってもらえてよかった」
「・・・・・・」
じわっと、胸に何かが広がる。
何だか温かいのに胸に突き刺さって。
嬉しいのに泣きたいような。
そんな何か。

(私、ここに来てよかったのかな)

このクローバーの国に、ユーキは居る。
覚えていないのに、それだけははっきりと分かる。
この世界を好きだと思う事は、ユーキに対する裏切りなんじゃないかって、そう思ってしまう。

(覚えてないのに)

小さく頭を振って、また空を見上げる。

「そうだ。あの、最初の頃グレイさんの事怖がっちゃってごめんなさい」

今なら言えるかも、と思ってグレイさんに向き直る。
「あ・・・あぁ、俺の方こそ怖がらせてすまなかった」
ナイトメアさんの護衛も兼ねているグレイさんなんだから、得体の知れない人物が現れたとあっては仕方ないことだと思う。
だから首を横に振って気にしないで下さい、と言う。
グレイさんが、優しく笑う。

「四季は優しい子だな」

(子供扱い)

グレイさんは、大人だなぁ。
ぽんぽんと頭を撫でて貰う力が気持ちよくて、目を閉じる。
今ここでグレイさんと話せてよかった。
素直にそう思う。

「さぁ、そろそろ戻ろう。四季も少し休んだ方が良い」
「・・・そうですね」

もう少しだけ、なんて思ってしまって慌ててその考えを捨て去る。
グレイさんはナイトメアさんの補佐で忙しいんだから。

「ああ、そうだ。四季が良ければまたナイトメア様の休憩に付き合ってあげて欲しい」
「え?私で良ければもちろん。ナイトメアさんとお話するの楽しいですから」

心を読む事が出来るナイトメアさん。
あんなにいい人なのに、その能力があるからみんなに怖がられてしまっているのだそうだ。

「それに、四季が来てからあれでも脱走の回数は減っているんだ」
「・・・あれで減ってるんですか?」
びっくりですよそれ。
グレイさんが苦笑を浮かべる。
「その時は一緒にグレイさんも休憩しましょう?この前アリスと一緒に街を歩いていて美味しいケーキ屋さんを見つけたんです」

今の私にとって、ナイトメアさんとグレイさんと過ごす時間はとても大事なものになっている。
それにアリスもよく来てくれるし、エリオットさんに誘われてにんじんスイーツを食べに行ったり。

「好きだな」

ふと、前を歩いていたグレイさんの肩が揺れる。
「・・・?」
グレイさん?と声をかけようとして、その瞬間強風が吹き抜ける。

「きゃ・・・」
「四季!?」
突然の事に目を閉じると、何かがふわりと体に巻き付いて。
鼻先にタバコの匂いを感じる。

「―――!」

目の前には見慣れた黒いコート。タバコの苦い匂いはグレイさんのもの。
一瞬で、体温が跳ね上がる。
どくりどくりと脈打つ心臓の音がグレイさんに聞こえてしまいそうで、私は静まれと念じてみる。

「大丈夫か?」
「は、はい」

上が見れない。
「それならよかった。戻ろう」
「・・・はい」

グレイさんの後に続きながら私はスカートの裾を握る。
酷く泣きたい気分だ。





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