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クノイチと言えばそれなりに格好がつく。
蜜夜はそう自分に言い聞かせてこの半年を過ごしてきた。たとえそれが盗みのためであっても、心の底から尊敬し愛している組頭が立てた計画のためだ。このいけ好かない狸親父に笑顔を向けなければならない。
狸親父はここらでは名のある大店の主だった。蔵をいくつも持っており、そのためにどこに金を仕舞っているのかつかめずにおりすでに半年。組頭はあまり長く時間を掛けたくはないと名言していた。
「蜜夜。蜜夜」
「ハァイ」
鼻にかかる甘ったるい声を聞きつけて、狸親父がやってきた。蜜夜の笑顔を見て鼻の下を伸ばしている。
美しいとまったく思わない顔だが、化粧と表情でこれほど装えるものなのかと高坂が驚いていたっけ。
「祝言は明日だ。やっとだよ」
「待ち望んでおりましたワァ」
少しばかりやり過ぎかとも思ったが、狸親父がメロメロになるので続けていた。
早く早く。今日明日にでも、組頭はこの大店を襲い金を盗み出すだろう。その時一緒に蜜夜も逃げる手はずだ。
(組頭のお顔が見たい。あの声が聴きたい)
そういう関係ではないが、組頭は蜜夜が慕っていることは知っている。そしてその思いに応えようとしてくれていた。
ぼんやりと組頭の言葉を思い出そうとしていると、狸親父に肩を揺らされてハッとする。
「蜜夜や。うっとりするのもいいが、あんまり遅くまで起きていてはいけないよ。早くお休み」
頬を撫でられて微笑んでおけば良い。狸親父は満足気に部屋を出て行った。
(褥を共にせず済むだけありがたいと思わねば。しかしベタベタと触りよって。虫酸が走る)
着物の袖で頬をこすって慌てて鏡を覗き込んだ。一応明日は晴れの場だ。頬が赤くなってしまっては台無しになると思ったのだ。
「……寝よ」
布団に横になってしばらくした頃、蜜夜は人の気配で目を覚ました。
ぱちりと目を開いて見回すと忍び装束を着込んだ諸泉が立っている。
「蜜夜さん、人質になってください」
「今晩だったなんて聞いてなかったわ」
「ええ。夕方決めたんです。これ以上ひっぱっても金蔵がどこかわからないだろうと組頭が仰って」
諸泉が後ろから羽交い締めにして喉に小刀を押し当てる真似をする。
「ちょっと、もっとしっかり抑えないとそれらしく見えないわよ」
「あっあの」
後ろ手にされた蜜夜に密着した諸泉が生唾を飲むのが耳元に聞こえた。
(ウブねぇ)
仕事でなければからかって面白がりたいところだ。
連れて行かれたのは狸親父の寝所だった。
「なんと!蜜夜には手を出さないでくれ!」
悲鳴じみた声を出している横には組頭がいた。
「明日祝言なんだ!たのむ!」
流れるように蜜夜に近づくと、諸泉から受け取るようにして引き寄せた。頭巾はかぶっているが包帯に覆われた顔は晒しており、笑みを浮かべているのがわかった。
「そうか。明日、祝言か」
大きな手で蜜夜の顔を包み込むようにすると、狸親父に見せるように舌を出す。
「ま、まさか」
困惑するだけだった蜜夜も、組頭が何をするつもりなのかやっとわかった。わかったが同時にその舌が蜜夜の口の中に押し入って来て、上顎や歯の裏までも蹂躙される。
「ん、むぅ、」
唸ってふらつくと背後へと押し付けられる。両手で何かにしがみつこうとしてもがき、やっとの思いで爪がかかったのは、縁側とこの部屋を分ける障子の枠だった。
まんまるに見開いた蜜夜の目は組頭の顔を映していた。包帯に覆われていない右の目が蜜夜を見つめて瞬きする。
ガタガタと障子が揺れて、障子紙が破れ、そして狸親父は悲鳴を上げて首に掛けていた蔵の鍵の束を取り出して喚いた。
「やめてくれ!たのむ!たのむから!」
クノイチと言えばそれなりに格好がつく。
蜜夜はそう自分に言い聞かせてこの半年を過ごしてきた。たとえそれが盗みのためであっても、心の底から尊敬し愛している組頭が立てた計画のためだ。このいけ好かない狸親父に笑顔を向けなければならない。
狸親父はここらでは名のある大店の主だった。蔵をいくつも持っており、そのためにどこに金を仕舞っているのかつかめずにおりすでに半年。組頭はあまり長く時間を掛けたくはないと名言していた。
「蜜夜。蜜夜」
「ハァイ」
鼻にかかる甘ったるい声を聞きつけて、狸親父がやってきた。蜜夜の笑顔を見て鼻の下を伸ばしている。
美しいとまったく思わない顔だが、化粧と表情でこれほど装えるものなのかと高坂が驚いていたっけ。
「祝言は明日だ。やっとだよ」
「待ち望んでおりましたワァ」
少しばかりやり過ぎかとも思ったが、狸親父がメロメロになるので続けていた。
早く早く。今日明日にでも、組頭はこの大店を襲い金を盗み出すだろう。その時一緒に蜜夜も逃げる手はずだ。
(組頭のお顔が見たい。あの声が聴きたい)
そういう関係ではないが、組頭は蜜夜が慕っていることは知っている。そしてその思いに応えようとしてくれていた。
ぼんやりと組頭の言葉を思い出そうとしていると、狸親父に肩を揺らされてハッとする。
「蜜夜や。うっとりするのもいいが、あんまり遅くまで起きていてはいけないよ。早くお休み」
頬を撫でられて微笑んでおけば良い。狸親父は満足気に部屋を出て行った。
(褥を共にせず済むだけありがたいと思わねば。しかしベタベタと触りよって。虫酸が走る)
着物の袖で頬をこすって慌てて鏡を覗き込んだ。一応明日は晴れの場だ。頬が赤くなってしまっては台無しになると思ったのだ。
「……寝よ」
布団に横になってしばらくした頃、蜜夜は人の気配で目を覚ました。
ぱちりと目を開いて見回すと忍び装束を着込んだ諸泉が立っている。
「蜜夜さん、人質になってください」
「今晩だったなんて聞いてなかったわ」
「ええ。夕方決めたんです。これ以上ひっぱっても金蔵がどこかわからないだろうと組頭が仰って」
諸泉が後ろから羽交い締めにして喉に小刀を押し当てる真似をする。
「ちょっと、もっとしっかり抑えないとそれらしく見えないわよ」
「あっあの」
後ろ手にされた蜜夜に密着した諸泉が生唾を飲むのが耳元に聞こえた。
(ウブねぇ)
仕事でなければからかって面白がりたいところだ。
連れて行かれたのは狸親父の寝所だった。
「なんと!蜜夜には手を出さないでくれ!」
悲鳴じみた声を出している横には組頭がいた。
「明日祝言なんだ!たのむ!」
流れるように蜜夜に近づくと、諸泉から受け取るようにして引き寄せた。頭巾はかぶっているが包帯に覆われた顔は晒しており、笑みを浮かべているのがわかった。
「そうか。明日、祝言か」
大きな手で蜜夜の顔を包み込むようにすると、狸親父に見せるように舌を出す。
「ま、まさか」
困惑するだけだった蜜夜も、組頭が何をするつもりなのかやっとわかった。わかったが同時にその舌が蜜夜の口の中に押し入って来て、上顎や歯の裏までも蹂躙される。
「ん、むぅ、」
唸ってふらつくと背後へと押し付けられる。両手で何かにしがみつこうとしてもがき、やっとの思いで爪がかかったのは、縁側とこの部屋を分ける障子の枠だった。
まんまるに見開いた蜜夜の目は組頭の顔を映していた。包帯に覆われていない右の目が蜜夜を見つめて瞬きする。
ガタガタと障子が揺れて、障子紙が破れ、そして狸親父は悲鳴を上げて首に掛けていた蔵の鍵の束を取り出して喚いた。
「やめてくれ!たのむ!たのむから!」