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朝方、まだ空が明け切らないうちの紫色の靄の中。蜜夜は寝巻きに羽織だけ肩に引っ掛けて庭に降りた。
この長屋の庭には、蜜夜が作った菜園がある。菜園とは名ばかりで、あるのはツワブキやムラサキなどの薬草ばかりの小さな畑だった。
「この畑が火傷に効く薬草ばかりだって、気づいてたのよ」
誰に話すわけでもない。強いて言うなら自分に語りかけているようなものだ。
「あの人、怒ってたなあ」
怒ってたというより悲しんでいたというののほうが正しいかもしれない。
昨日、蜜夜は雑渡に会った。『会った』というより『遭った』という字の方が正しいかもしれない。
すべて思い出そうとすると、また吐き気がする。無理矢理に記憶を引き出そうとすれば、目眩と頭痛が酷いのだ。それでも一晩かけてなんとか思い出せたのは、自分が雑渡昆奈門に家族を殺されて囚われ、長く彼の玩具として過ごしてきたということだった。
朝露で濡れたツワブキの葉を何枚か選んで摘み取り、それをもって立ち上がると山の脇から朝日が少しずつ昇ってきているのが見えた。
温かい光が顔を照らして目を閉じると、まっくらになった。ゆっくり目を開くと、雑渡が目の前に立っている。
なにか言いたげな目でこちらを見ているが、覆面の下の口が動く様子はない。そっと手を伸ばして触れると、雑渡は目を細め蜜夜の手を掴み引き下ろした。
「……謝罪を。土井先生が見つかるまで、私がその穴埋めをすることになった」
蜜夜の手を掴んだ雑渡の手は震えているようだった。
昨日まで覚えていなかった蜜夜だが、雑渡の活躍は伝え聞いている。タソガレドキも勝ち戦を順調に続けているという話だし、その合戦場で雑渡を始めとしたタソガレドキ忍者たちが働いているのも知っていた。残虐とも聞いた男が、弱々しく震えているのを知っているのは山本を除けば蜜夜ぐらいのものかもしれない。
「見舞いだ」
懐から引っ張りだしたのは、いつか殿さまにもらったといって蜜夜に食べさせた豆菓子だった。あの時と同じ袋に入っている。
「ありがとうございます」
「……具合はどうだ」
「もう大丈夫です」
「そうか……私は」
「存じております。タソガレドキ軍忍び組頭雑渡昆奈門様」
昆奈門様と呼んだ時、雑渡が伏せ気味だった顔を上げて蜜夜を正面からじっと見つめてきた。何か期待したような、そしてその期待を自身で打ち消すような逡巡さえ感じて、蜜夜はどうしようもなく辛くなってしまった。
復讐を果たさねばならない。そうしなければこれまでの苦労が水の泡だし、死んだ親兄弟に申し訳ない。
自分が幸せになれるなんて思ってはいけないのだ。
「寝間着で失礼しました。では」
彼に握られていた手を引き抜いて自室へ戻った。
「はあ」
どっと疲れてしまったように思う。そっと手を開くと、手の中にあったツワブキの葉は握りしめていたせいですっかり折れ曲がってしまっていた。
朝方、まだ空が明け切らないうちの紫色の靄の中。蜜夜は寝巻きに羽織だけ肩に引っ掛けて庭に降りた。
この長屋の庭には、蜜夜が作った菜園がある。菜園とは名ばかりで、あるのはツワブキやムラサキなどの薬草ばかりの小さな畑だった。
「この畑が火傷に効く薬草ばかりだって、気づいてたのよ」
誰に話すわけでもない。強いて言うなら自分に語りかけているようなものだ。
「あの人、怒ってたなあ」
怒ってたというより悲しんでいたというののほうが正しいかもしれない。
昨日、蜜夜は雑渡に会った。『会った』というより『遭った』という字の方が正しいかもしれない。
すべて思い出そうとすると、また吐き気がする。無理矢理に記憶を引き出そうとすれば、目眩と頭痛が酷いのだ。それでも一晩かけてなんとか思い出せたのは、自分が雑渡昆奈門に家族を殺されて囚われ、長く彼の玩具として過ごしてきたということだった。
朝露で濡れたツワブキの葉を何枚か選んで摘み取り、それをもって立ち上がると山の脇から朝日が少しずつ昇ってきているのが見えた。
温かい光が顔を照らして目を閉じると、まっくらになった。ゆっくり目を開くと、雑渡が目の前に立っている。
なにか言いたげな目でこちらを見ているが、覆面の下の口が動く様子はない。そっと手を伸ばして触れると、雑渡は目を細め蜜夜の手を掴み引き下ろした。
「……謝罪を。土井先生が見つかるまで、私がその穴埋めをすることになった」
蜜夜の手を掴んだ雑渡の手は震えているようだった。
昨日まで覚えていなかった蜜夜だが、雑渡の活躍は伝え聞いている。タソガレドキも勝ち戦を順調に続けているという話だし、その合戦場で雑渡を始めとしたタソガレドキ忍者たちが働いているのも知っていた。残虐とも聞いた男が、弱々しく震えているのを知っているのは山本を除けば蜜夜ぐらいのものかもしれない。
「見舞いだ」
懐から引っ張りだしたのは、いつか殿さまにもらったといって蜜夜に食べさせた豆菓子だった。あの時と同じ袋に入っている。
「ありがとうございます」
「……具合はどうだ」
「もう大丈夫です」
「そうか……私は」
「存じております。タソガレドキ軍忍び組頭雑渡昆奈門様」
昆奈門様と呼んだ時、雑渡が伏せ気味だった顔を上げて蜜夜を正面からじっと見つめてきた。何か期待したような、そしてその期待を自身で打ち消すような逡巡さえ感じて、蜜夜はどうしようもなく辛くなってしまった。
復讐を果たさねばならない。そうしなければこれまでの苦労が水の泡だし、死んだ親兄弟に申し訳ない。
自分が幸せになれるなんて思ってはいけないのだ。
「寝間着で失礼しました。では」
彼に握られていた手を引き抜いて自室へ戻った。
「はあ」
どっと疲れてしまったように思う。そっと手を開くと、手の中にあったツワブキの葉は握りしめていたせいですっかり折れ曲がってしまっていた。