恋衣をまといませう



まるでしんしんと積もる雪の中で凛と咲く白梅のように。かと思えば春に儚く散る桜のように。俺の目の先にいる名字という女はまさにそんな女である。一言で表せと言われれば俺は思わず口を閉ざしてしまうほどに彼女は俺の前で華麗な姿を度々見せる。この小さな少女の背中を追うようになったのはいつからだっただろうか。その小さな背中に背負う気高いほどの雰囲気に俺の心が奪われてしまったのは今はもう思い出せないほど幾年も前の話だったようにも思えるし、つい昨日の話だったようにも思える。そんなことを考えて一人でわけもなく苦笑をこぼした。
名字と俺の関係は恋人同士などと言う甘いものでもなければ、全くの無関係というわけでもない。同じ委員会に所属しているというありふれた関係。それ以上でもそれ以下でもないその関係はもどかしいほどに近く遠い。
おそらく、俺は名字に恋をしているのだろう。
曖昧な感情しか抱けぬのは己の性分か、それともこの心地よい距離感を壊したくないがための言い訳か。自分でも分かりやしない感情が己を抑制し、彼女に「恋しい」という感情を伝えぬように口に栓をする。結局は俺は臆病者なのかもしれないな、と前にこぼしたことがあるが、その答えとして俺の友人である彼は「それが恋慕というものだ、弦一郎」とだけ言って穏やかに笑っていたのを微かに思い出した。


『真田君』
「どうかしたのか?」
『ううん。真田君こそ。ぼーっとしてどうかしたの?』
「……いや、なんでもない」
『そっか、ならいいんだけどね』


彼女の声音に一瞬で反応してしまうこの体が恨めしい。怖いほどに彼女の事だけに敏感になってしまう自分自身を戒めたい一方で、この微かなくすぐりのような感情を消したくないとも思う。俺は自分でも気付かぬ間にこのようになってしまっていたらしい。矛盾する感情は高ぶる一方で、まるで消えることを知らずも燃え続ける火炎のようだとも思った。


『真田君、部活はいいの?』
「今日は走りこみだけだから構わない。お前こそ時間は平気か?」
『うん。じゃあ、ここまで終わらせようか』


この資料お願いね、と俺に資料を差し出す彼女に近づいた時にふわりと甘い香りが漂う。まるで俺の心を絡め撮りそうなほどに甘く心地の良い香りに思わず資料ではなく彼女に手を伸ばしかけて急いで自分を自制する。
嗚呼、その体を抱きしめたい。そんな欲求を飲み込むようにして俺はまた彼女の細く小さなその背中に思いを馳せる。きっと彼女は俺のことを俺と同じような目では見ていないだろう。それでも構わないと思いつつも叶うものならば、彼女を俺のこの腕で抱きたいと鼓動が高まる。不愉快過ぎる程に愛おしい厄介な感情。不意に、名字が「あ、そういえば」と思い出したように声をあげる。


『今度試合あるんでしょ? 柳君に聞いたよ』
「ん? ああ」
『頑張ってね』
「無論だ。……負けることは許されぬ」
『ふふ、さすがだね』


どうして俺はこのように色気の無い言葉しか返せないのだろうか。そんな自分にもどかしさを感じながらも、それでも資料から目を離した名字が、俺に愛らしい笑みをむけてくれるものだから俺はまたどうしようもないままで目をそらす事しか出来なくなる。
まさかこの俺が恋慕などにかまけるとは思いもしなかった。しかしながら、名字といる時間は俺が今までに感じた事のないほどに愛おしいもので、それは偽る事などかなわないのだ。
叶うことのない感情だからこそ燃え上がる、とはよく言ったもので、まさかそれを体言することになるとは思わなかったわけだが、くすぶる淡い色を消さないようにと俺は今日もまた彼女の名前を噛み締めるように呼ぶのだろう。






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初めまして!
このたびはリクエストありがとうございました。管理人の弥生坂 純でございます。
20000HIT本当にありがとうございます。しかも、あの真田君をリクエストしていただけるなんて!!いやぁ、思わずにやけました。私の中での彼は立海一の男前君であります!
今回、真田の片想いということで、少々堅苦しい文体にしてみましたが、如何でしたか。
とても、楽しく書かせていただきました。これからもどうぞよろしくお願いします。





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