ズルイヒト

幼馴染の彼を、精市から幸村呼びに変えたのは中学入学と同時だった。小学校の頃までは私の中では「精市」だった彼が「幸村」になったのは、確かに中学生独特の思春期も重なったとも言えるけど、それ以上に私の知っている「精市」がもう私の手の届かない人になっていくんだと自分の中でふんぎりをつけるためでもあったんだけどね。呼び方が変わったと同時にだんだんと会話も減っていき、目も合わせることもなく、すれ違っても知らぬふり。そしてそれが今まで続いてきて私と彼の間に残ったのは大きな溝だけ。高校生になった今では彼には彼の彼女がいて、私の居場所なんて何もないも同然なんて、昔の私が知ったらきっと驚くだろうな。
柄にも無くそんなことを考え、屋上のベンチに一人座りながら感傷的になってるのはきっと、さっき幸村と彼女が一緒に歩いているのを見たからに決まっている。彼に彼女が出来てやっと自分の気持ちに気づいた、なんてそんなの漫画の世界の話だと思っていたのに実際に自分がそんな風になるなんて正直笑いしか出てこない。あの頃に戻りたいと思ってももう遅い。戻るにはあまりにも時が経ってしまったんだから。うつむいたら涙が溢れそうで、唇を噛み締めたのと、屋上の扉が開いたのはほぼ同時。驚いてとっさに振り向くとそこには隣席の男の子の姿。一体どうしたんだろう、と考えるうちに彼は真っ直ぐこちらに向かってきたかと思えば私の隣に腰を下ろし私と目を合わせ。


「好きだ、俺と付き合って欲しい名字」
『……えっ、あ』
「中学校の頃からずっと好きだったんだ。……他に好きな人がいないなら、付き合って欲しい」
『でも、私、そういう目で、その……』
「いいんだ。これから好きになってくれたら」


真っ直ぐな目で私を見つめるその視線になんて言えばいいか分からなくなる。好きな人、ならいる。ずっとずっと好きだったの幸村のこと。ううん、精市のこと。だけど、もう届かない想いならば忘れるしかないの想いならば。いっそのこと。真剣な彼の顔がだんだんと近づいてきて、だけど私は動けなくて。
届かない想いで彼に迷惑をかけてしまうくらいなら。いっそ。このまま。


「それ以上名前に顔近づけたらそっから吊るすよ」
『っ、せ、っ、ゆ、き……むら君』


最高級に不機嫌な顔をした幸村の顔を見た男子は名残惜しそうな顔をしながらも、屋上から急ぎ足で出て行ってしまった。嗚呼、やだな。今の状況を見られたくなかったのに。そんなことを頭の隅でぼんやり考えながらも私はその姿から目が離せなくなる。こんなに間近で見たのは久しぶりかもしれない。そう考えられたのもほんの数秒で気がつけば背中に重たい痛みと目の前に蒼い髪。そしてその向こうに空。押し倒されたと気づいたときには唇同士が掠めあう位置にまで彼の顔。


『っ、ちょっ、なっ』
「好きだ」
『ゆ、きっ、む』
「精市、そう呼んでくれないか。昔みたいに」
『だ、めだよっ、幸村君、彼女っ』
「ふられたよ」
『はっ?』
「精市は名字さんのことばかり見てる、ってね」


ばれちゃったら仕方ないもんね。そう付け足した彼の唇が私の唇の端に一つ落とされる。「もう、待てない」そう言って色っぽい声を出すなんてずるい。ずるいよ。私がどんな想いしてたのかも知らないくせに。でもこの状況で強がれるほど私は出来た人間じゃなくて、口をすべり出たのは「精市、好き」なんていう馬鹿みたいに単純な台詞。それを皮切りに彼は私の唇に唇を合わせた。性急にも思えるその口付けに必至に答える度に彼の吐息がどことなく嬉しそうに零れる。


「最初はちょっとした意地悪だったんだ。お前が俺のことを幸村君とか呼び出すから」
『っ、だって、……私っ』
「そう。お前も俺も意地を張ってただけ。だから。……もう、意地なんてはらないでいいだろ」


俺も、お前も。
その甘い声音につられるようにまた唇が重なって私は押し倒されたベンチの上でひたすらにその唇を受けいれた。嗚呼、ずるいよ精市は。そんな台詞をこぼしながらも「お互い様だろ」と言われてしまってはもう何も言えない。苦笑まじりに彼の頬に手を伸ばし、やっと触れられたその頬に愛おしさを灯した。




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≫心葉様
はじめまして。管理人の弥生坂 純でございます。
拝啓彼氏様を楽しみにしていただけているとはありがたいです! 
今回、幼馴染の切甘ということで、描きましたが少々幸村君の意地悪が度を過ぎていたようないないような←
結局昔から相思相愛だったんだよ、というお話でした。
今回はリクエストありがとうございました。
企画が終わりましたら連載も始動しますので引き続きよろしくお願いいたします。




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