不意に、精市が私のことを見ながら黙り込んだ。もしかして、「いってらっしゃい」はまずかっただろうか、とか考えている私の目の前で彼はやっと口を開いた。


「……あのさ、前から言おうと思ってたんだけど」
『は、はいっ……っ、なに?』
「お前さ、いつの間にそんな可愛くなったわけ?」
『…………は?』


なんで、そんな真面目な顔しながらそんなことを言えるんだろうか。私としては、大好きな人からそんなことを言われたものだから、心臓がバクバク言っているというのに。「まだ抱いてないのにおかしいな」とか平気で言い出したものだから、それには流石に突っ込みをいれたけど。


『っ!なな、っ、なにをっ』
「いや、さ。渚が可愛くなりすぎて、こっちに残していくのが心配というか」
『っ、……そ、そんなこと思うのは精市ぐらい、だよっ頭おかしいっ……びょっ病院にでもいったほうがいいんじゃないの?』


言ってしまってから、あー、また可愛くない言い方をしてしまった、と後悔。やっと素直になれたと思ったのに。結局、私こんな性格のまま、なおらないのかな。ああ、ダメだ。止まらない。


「ちょっ……なんで泣いてるの?」
『っ、く……ひっく……私っ、可愛くないっ、って思ったら、悲しくなってきてっ……も、やだっ、なんで私なんか好きなのさっ』


泣きじゃくる私の前小さな溜息が聞こえた。馬鹿な私。なんで泣いてるんだろ。精市を困らせるだけで、こんなの女々しい以外なにものでも……。


「……あのさ、泣いてるところ悪いんだけど」
『っ、く、なにっ』
「……そういう顔されたら、……流石に我慢出来ないんだけど。なに? もしかして誘ってる?」


違う、と言おうと思って顔をあげたらそこに、顔を真っ赤にした精市。その表情に思わず固まると、精市は苦笑した。


「ほんと俺、病院行こうかな」
『っ、ほらっ。やっぱり可愛くな』
「どんな顔してても、渚が好きだとか愛おしいとしか思えない。……ずっと抱きしめて離さないで俺の中で閉じこめて幸せに浸りたくなる。……これって、なんて病気なんだろうね」


治せるのは、君しかいないんだけどな。そんなセリフが耳元でこぼれて私は、また涙が溢れてくるのを感じた。


「指輪、虫よけだから。帰ってきたらちゃんと二人で結婚指輪買いに行こ」
『待ってて、いいの?』
「待ってて欲しいんだ。……誰にも渡したくないし、渡すつもりもないから。渚じゃないと駄目なんだよ」


なんで精市は、今私が欲しい言葉を与えてくれるんだろう。「私も、精市じゃないとやだ」と涙声で言うと「だから、煽り過ぎ」なんて声とキスが一緒に落ちてきた。最初は触れるだけのキスがだんだんと深くなってきて、舌が歯茎をなぞり始めた。丁寧に吸われ、やっと唇を離してくれた精市の唇は、どちらの唾液で濡れたか分からないけどなまめかしい。


「本当は、今抱いてしまいたい。けど、そばにいれないのにこれ以上お前が可愛くなったら困るからやめとく」
『……うん』
「だから、俺が帰ってきてから覚悟しといて」
『っ、……はい』


その背中にそっと腕を回しながら「ずっと待ってる」と呟くと、精市も同じように抱きしめ返してくれた。
ずっと待ってるよ。
ずっと、いつまでも、待ってるから。




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