頑張ってね、とか。応援してる、とか。そんな台詞を言って彼を見送ることが私がしなければいけないことなんだろうな。
これからは恋人じゃないんだって区切りをつけるためにも、笑顔でその背中を見送るべきなのに。


『好き』

やっぱり精市が好き。好きで好きでたまらない。好き以外知らないくらい好きなの。
こんな想い初めてで、大切で、怖いくらいに夢中で。もう私達は恋人でもなんでもないのに。


『精市が好き、ごめっんなさい。嫌い、にならないで。行かないでっ忘れないでっ、お願い、精市が好き、せ、いちだからっ好きなの。っひっく、やだっやだよっ、いかないでっ』

精市を引き止める権利なんてないのに。なのにきっとこのまま別れてしまったら一生会えない気しかしなくて怖い。私最低だ。こんな時まで彼を困らせる。今になって素直になったって遅いのに。だけど、好き、好きで好きで、私は。


「やっと素直になったね」


その声は気がつけば私の頭の上から響いていた。抱きしめられたことにさえ気づかないままで私は、その声を一つも聞き逃さないように声を殺す。

「ツンデレ。……このままお前が素直になってくれなかったらどうしようかと思った」
『せ、いい、ち』
「……愛してる。そんな単語さえ簡単に言えないくらい、渚が好きだよ」

精市の言葉が、声が、匂いが。全てが私を満たしていく。空っぽな心を満杯にする。


「遠距離になるし、お前に辛い思いしかさせないくらいなら別れようと思った」
『……』
「それに、あんなやつと茶なんて飲んでるし」
『あれはっ』
「苛つくぐらい妬いた。俺のほうがお前を好きな自信だけはあったからね。……まあ、結局渚から離れられないみたいだしね、俺」

ベタ惚れってやつかな? 不意に微笑みを浮かべながら彼はそっと体を離した。


「まだ、いつになるかは約束はできないけど。だけど必ず、俺の苗字をお前にあげるから」
『せ、いっ』
「だから、」

急に体温が離れて咄嗟に不安になる。それを埋めるように左手に感じる温度と、私の前で跪いて私を見上げる精市。

「だから、この左手の薬指を。……俺にくれませんか」


私のことを捕らえた瞳はあまりにも澄んでいて、涙しか出ない。あの精市が、私に膝まづきながら私に微笑んでいる。それだけで、自分がどれほどに愛されているのかを知らされたかのようで、幸せで。薬指に何時の間にかはめられている銀色の指輪にまた愛おしさが溢れ出す。


「まあ、断られても聞いてあげない。……渚を手放す気なんて、渚を好きになった時から更々ないんだ」


ゆっくりと立ち上がり、抱きしめながら私の目元に口を寄せた精市は、暖かい笑みで微笑んだ。


「酷い顔だね」
『っ、しっ、知らないっ、もとからっ』
「素直じゃないし、ツンデレだし甘えないし、鈍感だし……」
『っ、す、いませ……んね』
「だけど」


軽いリップ音は、唇から。だんだんと深くなるくちづけは、互いの存在を確かめ合うみたいに深くて甘くて、ほんのり苦い。涙の味のキスなんて漫画だけだと思ってたのに、馬鹿みたい。だけど、離れたくない。舌と舌から好きだって想いが伝わっているみたいに、じゅくりと熱によって浮かされる。
やっと離された唇の隙間から、彼の吐息。


「だけど、渚だから好きなんだ」
『っ、せいいち』
「寂しくなっても維持張るなよ?……遠距離でツンデレされても困るだろ」
『っ、が、んばる』
「……全く。うん、って言わないのがお前らしいよね」


私の体を優しく抱きしめながら精市は、笑う。もう、怖くない。不思議に愛おしさだけが私を占めて行く。何度も何度もその胸に顔を埋めて、その香りをすべて体に取り込むほどに抱きついて。精市は、そんな私の感情を分かっているかのように私の名前を何度も呼んでくれた。
だから、大丈夫。


『精市……』
「……ん?」



大好きな。貴方に送る私の精一杯の言葉。
せめてこの瞬間だけは、と。
甘い甘い想いを乗せて。



『いってらっしゃい』



帰ってくる時は、おかえりと言って抱きしめてね。
それを言えなかった私は、やっぱり素直じゃないな、なんて思いながらも、精市が心底幸せそうに笑ってるからいいか、なんて思った。




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