夢を見た。
精市と付き合い始める前の記憶を走馬灯のように見た。
キラキラしていた毎日は、もどかしくも甘酸っぱくて、胸が焼け焦げそうなほどに愛おしかった。

ふと目覚めた時にそこにあるのはただの自分の部屋。あの頃に戻れるのならば、そんなことを何度考えただろうか。だけど、あの頃に無かったものを私は沢山、精市から貰った。
人を好きになる事の素晴らしさ。誰かを想うことの愛おしさ。そして、誰かに愛されることの喜び。
だからこそ、どうしたいかなんてことは決まっていた。このまま終わりになんて、したくない。駄目だ。会いたい。会いたい。気づけば私は携帯を片手に走り出していた。何処に着くかなんて決まっている。何処に向かえばいいかも分かっている。
精市に。精市に、会わないとダメだ。その場所にいるか分からない。だけど、行かないと。伝えないと。
向かう先は。


『精市っ!』


立海高等学校のテニスコート。
私が、精市に恋をした、その場所。まだ朝の早い時間に、降り注ぐ太陽を浴びたコートの中に立つのは愛おしい人。


「……渚?」
『っ、はっ、あ、言わない、と、いけない、こと、あるっ、の』


きれる息と、チカチカする目。ためだ。日頃の運動不足がここまで体に負担がかかるなんて正直笑える。っていうか笑えないくらい、きつい。
思わずその場に崩れ混むと、精市がゆっくり近づいて来るのが分かった。


「とりあえず、飲む?」
『っ、はっ、あ、だ、大丈夫っ、っはぁっ』


目元まで視線を合わせてくれた精市は、ドリンクを片手に困ったような、驚いたような顔で私の顔を見ている。まだ目を合わせられるほど呼吸が整ってなくて、下を俯いたままで深呼吸をしていると、ふ、と目に入ったのは。


『そ、れ。私があげたリ、ストバンド』
「は?」
『この間、黒いのつけてた、のに』
「ああ、ちょっと洗濯してて……」


じゃあ、もしかして、私が見た日は偶然的に私があげたのじゃないリストバンドを着けてただけっていうことだろうか。そう思うと急に力が抜けて、そっと顔を上げた。
綺麗な顔だ。そんな一言じゃ表せられないくらい整った表情と、私だけをうつしている瞳。


「なんで、俺がここにいるってわかったの?」
『えっと、……な、んとな、く」
「……ふうん」
『れ、練習の邪魔だったよね! わ、分かってる。さっさと、言うからっ』


こくり。唾を飲んで口の中の水分を浸透させると、いよいよだなぁなんて気分になる。
今思えば、私は精市から告白されて付き合いだしたから、なんだか妙に緊張してしまう。
昔の私からしてみれば、大好きな人のこんなに近くにいれることなんて想像出来なかった。
たくさん悩んだり、自分の天邪鬼さに嫌気がさしたり、もっと素直になりたくて努力してみたり。精市のファンの人に呼び出されたり、文句言われたり、そりゃあもう散々言われたりした。だけども、辛いと思ったことは少ない。だって、がむしゃらに精市が好きだったから。


『今まで、本当ありがとう』


付き合ってから初めて離れて、一人の寂しさを知って、痛みや切なさを知った。
全部全部、精市がいたから感じられた。


『精市がいたから、楽しかったの』


他の誰でも無い。精市と一緒だったから、素直になれなかったの。好きだから。好きだからこそ、素直になれなかったの。
だから、せめて最後は。

私はゆっくり立ち上がった。





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