「明日、出発だ」 朝に電話をしてくれたカズヤさんは、それだけを私に伝えてくれた。 あれからろくに話してもない私なんかが、今更精市に会って何をするつもりなんだろうか。だけど、会いたい。会いたい気持ちが押さえられない。怒られる? 冷たい目で見られる? 嫌われる? でも、怖くなんてない。だって、今までずっと片想いだったんだ。だから、怖いものなんてないでしょ? そう考えたら体が動いていて、一心不乱に走り出していた。沢山の人が、馬鹿みたいに走る私を見て呆れてるかもしれない。それでも止まれない。誰になんと言われても。誰がどんだけ笑おうと。精市に会いたい。 行かないで。行かないで精市。 私、まだちゃんと言えてないよ。好きだって。言えてない。だから、だからっ。 『っ、あっ』 その時、つんざく爆音。耳の奥で一気に鳴り響く音。右側からこちらに突っ込んでくる大きな物体は大型トラックだ。 そんなことに気付いたのは既に遅く、私はせめて痛みから逃げようと目を瞑った。なにこれ。こんな漫画みたいなタイミングで車がくるなんてまるでどこかの喜劇だ。 そっか。精市にいつまでも素直にならなかったから神様が怒ったんだな、なんて考えて馬鹿みたいに浮かんでくるのは精市の優しい笑顔だけで。 好き。精市が好き。 言えないままで、終わるなんて、私。 「っ、ぶない、だろっ!!」 耳元で聞こえる荒々しい声と、私のことを優しく包みこんでいる腕。一瞬何が起こったのか分からなくて、だけどそれが分かった頃には何故だか分からないけど涙が止まらなくて。嗚咽を漏らさないように唇を噛み締めていると、不意に背中越しの体温が離れた。振り向いて、その顔を確認するよりも、その手が私の頭を撫でるのが早かった。 「……怪我は? ……痛いとこ、ない?」 『へ、いき』 精市が、私を優しく抱きしめながら小さく息を吐いた。 そのまましばらくたつとゆっくり体を離してくれた精市は、私の瞳に残る雫を指で掬った。がさり、と。音を立てそうなくらい硬い手は、練習を頑張ってるから。 ねぇ、精市。なんでそんな目で見るの? まるで壊れ物を扱うような目で私を見ないでよ。 『っ、せ、いっ』 「聞いたんだろ? ……留学のこと」 精市の口からその話題が出てくるとは思わなくて、反射的に顔を上げるとその瞳と視線が合う。 「明日、10時28分の便で行くよ。……ちゃんと、気をつけて帰りなよ」 彼はそれだけ言うと、去ってしまった。 狡いよ精市。 私がこんな別れ方が一番嫌だってこと分かってるくせに。 いつだってそうだ。精市はいつも私を振り回して、悩ませて、心を掻っ攫っていく。 だからこそ、愛おしい想いがとまらなくなるんだよ。 |