前までは携帯を開く度にそこに浮かんでいたはずの、彼の名前を見ないたびにこんなに息が苦しくなるなんて笑える。だけどそれ以上に自分が精市にそれほどに依存していたんだなあ、なんてぼんやりと考えたりもした。結局は付き合うことで私はどこか安心していたんだ。何に? きっと精市が傍にいてくれることの当たり前さに。そうは言っても、過ぎた時間が戻ってくるわけでもないし、精市が突然私の所にきて「やっぱりお前がいないとダメだ」なんて言うわけでもない。最初から分かっていたこと。だって私たちは意地っ張りで素直じゃない二人だったんだもの。だからきっと寂しい時こそ寂しいとは言えないんだ。

あの日に戻りたいと何度も思った。
だけどあの日に戻ったところで、どうせいつか捨てられていた身だろう、と思うと苦笑がこぼれた。だって、そうでしょ。私なんかよりも、あの子のほうがお似合い、だから。

講義も終わり、なんとなく帰り道の途中にある小さな公園のベンチに一人でに座る。あ、携帯が揺れた。
おおよそ、ダイレクトメールか何かだろうな、なんて考えながら開いたそこに「カズヤさん」の文字が浮かんだ時には思わず目を瞬かせた。
それも電話だ。まあ、カズヤさんがメールを打ちそうにもないし。通話ボタンを押すと「徳川だ」と冷静な声がした。
精市の声よりも随分低い声。あれ、そういえば精市以外の男の人と話すのは初めてかもしれない。精市ともあまり電話では話さなかったのだけれども。
カズヤさんは一週間後にまた海外に戻るのだと言っていた。海外のチームから試合をしたいという申し込み。日本代表の、しかもカズヤさんピンポイントにご指名があったらしい。すごいなあ。



「そこにあいつも着いてくることになる」
『あいつ?』


反復するとカズヤさんが単語を発した。「お前の恋人だろう?」その先に続く名前を聞いた時、しゅわり、と体に音が走った。



『え……精市、が……海外、に? い、くん、ですか……?』
「聞いていなかったか。テニス留学だ」
『テニ、ス、りゅ、がく……』



カズヤさんは小さくため息を吐いた後で「おそらく留学は3年間ほどになる。むこうで実力を伸ばし、一軍の日本代表に合流することになるだろう」そう教えてくれた。なにそれ。そんなの知らない。そんなの聞いてない。
カズヤさんとの通話が終わって、反射的に精市の電話番号を電話帳から探し出して……。そこで止まった。何を言えばいい? 励ます? それとも怒る? なんで。なんでそんな大切なこと話してくれなかったの。私はそんなにどうでもいい存在だったの? 私なんか、その程度の存在だったの?
そんなことを考え出したら止まらなくなって私は一人のベンチで泣いた。泣くことしか出来ない自分は、すごく、すごく馬鹿で、弱くて、無力で。



『せ、いちっ……』



もう、手に届かないところに行こうとしている彼の名前は酷く痛みを点して私を締め付け上げた。嫌だ、行かないで。そう言う資格も権利も何もない。
今の私には、何も無い。無いよ。痛いよ。精市。精市。






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