深い深い闇の中。
私は手探りでその闇の中を歩いている。光は見える。なのに歩いても歩いても追いつけない。その光に触れることさえ出来ない。それがもどかしくて手を伸ばした先に見えたのは、愛おしい人の姿。


『精市っ』


ごめんね。違うの。もういいよ、なんて言ったけど、本当はそんなこと一かけらも思っていないの。精市から離れたくない。精市のソバにいたい。
謝るから、ねえ、こきつかってもいいから。もう、何も否定もしないよ。少しだけかもしれないけど素直にもなる。だから。


『離れ、たくない』


馬鹿だなあ、嘘に決まってるだろって言って笑って。
私のこの手を、その大きな手で包み込んで。
お願い、精市。精市。


そこで目を覚ましてしまった。嗚呼、ダメだ。泣きすぎて頭が痛いし目も重いし。このままじゃ学校行けそうにない。今日の講義が午後からで本当に良かった。
朝起きて、携帯の着信を見る。
いつもならば送られてきているはずの「さっさと起きないと遅刻するだろ寝ぼすけ」なんてメールは、無い。
昨日のことは夢なんかじゃなくて、現実なんだよと誰かがあざ笑っているようで苦しくて悔しくて涙がまた流れそうだった。

ぼんやりとしたままで大学の門をくぐって、ぼんやりと授業を受ける。途中、お手洗いに行く時に違う学部の仁王君とすれ違った。


「お前さん、どうしたんじゃ」
『え、なにが』
「……喧嘩でも、したんか?」


仁王君があまりにも心配そうに聞いてくるものだからなんだか可笑しくなって「別に喧嘩なんていつでもしてるよ」と答えを返すと「あまり無理しなさんな」とだけ言って仁王君は私の頭をぽんぽんと二回叩いてくれた。
その日は珍しくよく人に会う日で、ブン太と柳と真田君にも会った。みんながみんな、私のことを見て「なにがあった?」と聞いてきてくれることが、嬉しいようで、それほどにダメージをおっている自分に苦笑した。

本当は見たくなかったけど、やっぱり精市の姿を探してしまう私は馬鹿だ。今だってもう帰れるのにテニスコートを見たくてこっそりと校舎の中からテニスコートを見つめる。響く音。その音を奏でる精市。その反対側には高校の女テニの部長さんだった人がいて、それを見ているだけで身が千切れてしまいそうになった。
それに付け加え。彼の手首にあるのは黒いリストバンド。
私のあげた蒼いリストバンドじゃなくて。
黒い、黒いリストバンド。


『……もう、終わっちゃった、んだな』


だけど、やっぱり私が恋をした人はすごくかっこよくて、またじんわりと涙が浮かんできた。可笑しいな。私いつの間にこんなに泣き虫になったんだろう。昔はもっともっと我慢強かったはずなのに。
精市に片思いしている時も相当一喜一憂した。精市に好きな人がいるって噂が流れたときは全校中が浮き足立って、私もそわそわしちゃったりして。だけど、泣くことはなかった。それは泣き虫の私なんかじゃ振り向いてくれないと自分に言い聞かせていたわけであって。


『ひ、っく、せっ、い、ち』


そしたら今の私は何なんだろう。
精市の姿を見るだけで泣いて。その手首に私があげたリストバンドが無いだけでもう涙腺は崩壊してしまそうなほどにある。
首筋にひんやりと光を放つのはただ一つ。
精市がくれたネックレス。私のためだけに送られたプレゼント。


「渚」


声が思い出せる。私の耳の中爆ぜる感情。
なんて馬鹿なんだろ私。
こんなにまだ好きなのに「もういいいよ」とか馬鹿。なにがもういいのよ。ちゃんと素直になって、ちゃんと伝えないといけないことはまだ他にちゃんとあったのに。なんで、なんでこんなことになったんだろう。なんて言っても遅い。もう、終わってしまった。
やっと好きになってくれたのに。やっと、やっと両想いになれたのに。
こんなあっけなく終わりを告げるなんて。こんなにも脆いなんて。

口の中は塩辛い味しかしなくて、私の恋の終わりを知らせるように遠くで鐘が鳴った。






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