「少し時間はあるか?」と淡々とした口調で私にそう言ったカズヤさんは、私を連れて近くの喫茶店へと入った。精市に「今日はサークルの見学行かないね」と短くメールを打ちながら、やっぱりさっきの情景が浮かんで胸が痛くなった。
だけどその事よりも、すらりとした身長の彼が今、目の前にいることでさえ驚いているのに、こうやって真正面に向かい合って座っているなんて、その展開に頭がついていかなくて困る。ブラックコーヒーを頼んだカズヤさんにつられて「同じものを」と言ってしまったのは唯一の失敗だったかもしれない。それほどに私は緊張しているのだとすれば、少し笑ってしまう話だ。でも、なんせカズヤさんに会うのは小学生以来のことだから仕方のないことかもしれない。


「久しぶりだね」
『は、はい』
「……学校は、立海に?」
『はい。そうです』


やばい。喉が尋常じゃないくらい渇く。カズヤさんは俗に言う初恋相手だった。ご近所さんだったカズヤさんはしょっちゅうテニスの練習や試合で海外に行っていたからゆっくりと話したことがあるわけじゃないけど、ご近所さんだったからそれ相応に交流はあった。テニスの貴公子と噂されていたカズヤさんのテニスは本当にすごくて、初めて見に行った日本での試合に、幼いながらにそのテニスに魅了された。といっても、小さい頃だから好き、とかそんな感情だったのかは分からないけど、カズヤさんのことを何よりも気にしていたのは確かだ。うん、初恋と言っても間違いではない。コーヒーをブラックで飲むカズヤさんは、見ないうちにとても大人になっていて、今でも少し気まずいような、変な気がする。それを読み取ったらしい彼が小さく笑った。


「緊張しなくていい」
『あ、う、はい』
「それと敬語もいい」
『はっ、い、じゃなくて、その、あー、えっと』


ごめん、なさい。と零すと彼はまた小さく笑った。整った目鼻立ちはとても綺麗だ。そして、驚いたのは、どことなく雰囲気が精市と似ていた、ということ。あ、ダメだ。やなこと思い出した。とか考えながらもブラックコーヒーに砂糖とミルクを加える。苦い味が舌の上でちりちり。

「なにか、あったのか?」
『え』
「いや、あまり表情が冴えない」


気のせいならすまない、なんて言われたけど、それは当っているわけで私は思わずぽかんと口を開けたままで瞬きを繰り返す。するとそんな表情を見ていたカズヤさんが急に手を伸ばしてきた。触れた、指先。


「あの頃と、変わらない」
『う、うわ、恥ずかしい』
「だが」
『はい?』


綺麗になったと思う。
そう言いながら微笑んだカズヤさんの指先は私の頬を優しく撫でた。

カズヤさんは今、日本代表の選手一人なのだと教えてくれた。日本に少し用事があって、この周辺を歩いていたらお前を見つけた、と。そんな他愛もない話をして、遅くなるといけないからとカズヤさんは私を家まで送ると言ってくれたけど、私はそれを丁寧に断って、結局一人で帰ることにした。
二人で喫茶店を出て「またな」とこぼしたカズヤさんに頭を下げて、なんだか懐かしいなあ、とか考えつつも、交換したアドレスを見ていた、時。


「へえ、そういうこと」


聞きなれすぎた声に肩が揺れる。今ここで聞こえるはずがないその声にゆっくりと体を向ける。そこには、冷えたような視線をした精市がいた。







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