そこを見れば、仁王君ほどじゃないけど、ほどほどに制服が乱れた幸村。私のほっぺたをブった子は、幸村が来た時点で既にわんわん泣き始めてしまった。


『あー、ごめんね。泣かないで』
「なんでお前がなぐさめてんだよぃ。お前叩かれたんだぜ?」
『別に平気だって。どうせそんな大切な顔じゃないいいいい、痛いっ、痛いです幸村あああ』


なんで私は今、幸村にそんな力強く頭を掴まれてんだろうか。まるで私が悪い事言ったみたいじゃないか! なんて考えているうちに、幸村がその子の耳元で何かを囁いて、その瞬間その子は顔色をかえてどこかにいってしまった。ああ、まだちゃんと許してもらえてないのに。


『って、痛いから! 痛いいいっ』
「あ、お前たち、もういいから。ご苦労様」


幸村がそんなこと言ってる間にも頭がぎりぎりしめつけられる。なんなのこの男。私を殺すつもりなのかっ!? というか、なにが嬉しくて卒業式に頭を鷲掴みにされないといけないのよっ!
あと数秒で、頭パーンってなる、って思った瞬間。ちゅ。



『……へ……』
「本当色気ない声。そんなんだから、嫁の貰い手が俺以外ないんだろ」
『煩い幸村っ! 心配されなくてもちゃん……え……』


きょとん、と顔をあげると「うわ、ぶさいくな顔」と歪んだ笑顔を向けられた後に、もう一度リップ音があった。どうやらさっき叩かれたほっぺたにキスされているみたい、と気付いたのと同時に顔がぐわんぐわんと熱を帯びだす。ぽかんとしてたら、また「ぶさいく」と言われて、その後にふわりとした香りが私の頬を撫でた。


「……赤いのは叩かれたから、じゃないよね」
『っ、み、ないで、よっ』
「俺に指図しないでくれるかな。……それと、なんで俺のとこに来なかったわけ?」


その言葉と共に、耳元に息を吹きかけられて、体が跳ねる。ちょ、ここまだ保護者もいるようなとこなんですがっ! って言えたらよかったんだけど、生憎恋愛免疫がついてない私はそんなこと出来ずに恨めしげに幸村を睨んでやった。
幸村はというとなんかどや顔。そういえば、ブレザーのボタンはあるし、ネクタイもあるし、ちょっと制服は乱れてるけどとくに何もとられていないみたいだ。なんでだろう、と瞬きをしたら、幸村にはそれが分かったらしい。


「俺のモノを他の奴が使ってるとかなんか怖いし。それにあげる義理もないしね」


王子様スマイルなんてこれっぽっちも出さないで嘲笑する幸村に「そうですね」しか出なかった。まあ、彼女としては……嬉しいからいいんだけど。でも……きっとこれからもこんな想いをするんだろうな。
幸村はきっと大学にいってもモテる。大学には私よりも綺麗な人も何万人っているし。……というか世の中の女性は私なんかよりも素敵だし……。
だから、いくら同じ大学に行くとしても。こんな風に一緒にいられるかなんてわからない。一緒の大学といっても私たちは違う学部だから。
今までもクラスは違うことはあっても、会えた。でもこれからは今までとは違う。
もしかすると幸村のことをこんな傍でみてられるのはこれが最後かもしれない。
それを思うと、泣きそうになった。なんだかんだいって1年間付き合った。……まあ、幸村は部活だったし、私も意地を張ってたしで記念日のお祝いさえしなかったけど。……それでも、幸村と付き合えてよかった。

付き合えるなんて思ってなかったから。たとえ、幸村が冗談で私に付き合えってあの日言ったとしても、私は楽しかったな。

……駄目だ。とてつもなく泣きそう。


「なんで急に黙るわけ」
『な、でもないっ』



どうしよう。
怖い。離れ離れになるわけじゃないのに。新しい世界に行くってなった今、幸村が離れていくって考えてしまう自分が嫌だ。
幸村。大学行っても、お願いします。その一言が言えればいいのに。
その時に不意に、強い風が吹いた。瞬間的に目を瞑り、ちぢ込ませたはずの体。
しかし、自然的ではなく人為的な力にぐい、とひかれ、そのまま息をする暇もなく唇に暖かいものが触れた。

刹那のキス。
遠くから、誰かが叫んだ気がした。だけど、動かない。動けない。
ふわりと、遠くで桜が舞って。
柔らかい吐息が触れ合って。
優しい味が私を撫でた。


『……ゆ、きっ……』
「卒業したからって、どうせ大学一緒だし、これからも関係なしに一生こき使ってやるし、一生馬鹿にしてやるし、一生ぱしらせるから」


だけど。幸村は、人目もはばからずに私を優しく抱きしめると、春風に声を乗せた。


「……一生……離してやらないから」


ふわり、と舞う桜が綺麗で、頬の痛みさえ忘れて、涙が溢れてきて。「俺様幸村」って言いながら、嬉し涙を流してしまった。
幸村はいつだってそうだ。私が不安になったときは絶対に傍にいてくれるし、私が欲しい言葉をくれる。こんなに意地っ張りな私なのに、ちゃんと愛してくれる。
それが怖いくらい嬉しくて、狂おしいくらい大好きで。
それでも素直になれない私は、「ありがとう」とか「嬉しい」とかも言えないような意地っ張りな奴だけど。
精一杯の勇気と。幸村への想いをこめて。


『私も、ず、ずっと……ゆきむ、らって呼びたい……っ』
「……は? ……なにそれ」
『だ、だから、幸村って呼べる距離にいれるって幸せだなって、だって、近くにいて、幸村って呼べるって私、それだけで、胸がね、きゅって……その』
「却下」
『はっ?!』


人の一世一代の告白? じみたものを簡単に却下した幸村は、私の手に指を絡める。


「……自分の苗字呼んでどうするつもり?」
『いや、私の苗字は風雅で……』
「どうせそれもあと数年しか使わないから、今のうちに大切にしといたほうがいいよ」


それから俺は精市、って呼べって言ったよね。確認するように囁かれた低い声に体を震わせてしまったのは、きっと怖いからじゃなくて。……ああ、もう……こんなにかっこいいから、大学に行くのが心配なのにっ。
仕返しといわんばかりに幸村の指を握り返してやったら、そのまま首筋に噛みつかれました。
不安になるほどに、それくらい君はかっこよくて、意地悪で……それほどに君が好き。





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