別に今日がホワイトデーでもそうじゃなくても、いつもと同じように私は生活する予定だったし、さして何も気にしていなかったんだけど、そんな私の目の前には、なんだか不機嫌MAXの幸村。 いやいやいや。どうして、こんな朝から君のそんな不機嫌顔を見ないといけないのさ。 挙句、私以外には、にこにこするってなに? これって立派なイジメってとらえてもいいのかな。 ってか、人の下駄箱の前で何してるのさ。……それより前に。 『何で私の下駄箱にちぎられた紙らしいものが入ってるのかな』 「はっ、お前のことだから掃除してないんだろ?? 不潔だなぁ」 いや、掃除するのは、下駄箱掃除の人だよね。そんなことを思いつつも、紙くずを手で集めていると、ふとそれに字が書いてあるのに気づいた。というか、紙クズというか手紙じゃないかこれ。でももうバラバラ過ぎて読めない。ところどころに「好き」とか「付き合う」とかそんな単語が見えたり見えなかったり。 『なにこの手紙のくず!』 「……邪魔だったからさ」 『だからって幸村へのラブレターをわざわざ私の下駄箱でちぎらないでよ!!』 「……じゃないと俺の下駄箱が大変なんだよね。どうせ、お前の下駄箱は使用用途なんて限られてるんだからいいだろ」 だからってなんで幸村宛ての手紙を私の靴箱でちぎるかなあ! あああっ! 私だって、ちょっとはヤキモチ妬くってことこの人絶対に理解してないよね! だいたいこれって総合的に私とばっちりじゃないか!! そんな考えだしたらなんかいらっときちゃって、「なに怒ってるわけ」とか呆れ顔する幸村を完全スルーして、私は教室へと向かった。 知らない。今日はもう絶対幸村と話すものか。顔も見たくない。もう幸村なんて、ホワイトデーと一緒に真っ白になってしまえ! 『で、なんでこんなことに……』 私の目の前に、桃色のラッピングの箱。とそれを突き出す男の子。制服からして、立海の中学生だ。なんか懐かしいなあ、とか考えてた私をよそに私をガンガン見つめてる男の子。 私この子にチョコあげた記憶ないんだけどなあ。っていうか……誰?? そのままハテナマークを掲げていると急に動き出した少年は突然私の手をがっしり。あ、ピンクの箱が落ちた。せっかく綺麗だったラッピングが、とか思う間もなく、彼の大声。 「好きですっ!! 今朝の手紙の返事、ください!!」 『…………はい??』 「手紙、渚さんの下駄箱に入れた手紙、読んで……もらえましたよね……?」 な、なんだって?! まさかあの粉々手紙は私へのラブレターだったのか!? ……え、だって、幸村がっ、自分の手紙だって感じで喋ってて……。 ぎうぎう。やばい。それよりも手が、手が死んでしまう。痛い。痛い。痛いいっ。 『ちょ、あの、さ、』 「俺、高校受かったんで、進学したら先輩と同じです」 「え、いやぁ、あのね。私は次は大学生なわけであって」 『好きです! 歳とか関係ないですっ』 うわああああ。ちょっとちょっとちょっと。これはもうどうしようもない。とりあえず、どうしようどうしよう。 なんて考えていると、やんわりとした声が背中に当たる。 「すまないが、こいつは俺のものだ。手を出さないで貰おうか」 髪の毛をサラサラさせながらたんたんと言う柳にびびったらしい中学生の男の子は、一気にどこかへすっ飛んで行ってしまった。 って、ちょっと待ていっ。 「あの、や、柳……くーん?」 「貸し1だ」 「え、ああ。その助けてくれたことはありがたい、と思うけどそれはちょっと」 「お前にじゃない」 よろしくたのむぞ精市、と柳が薄らに笑う先には、何故か息をめちゃくちゃ乱した幸村。……とその後に見える般若。 ひいいい。ちょっと、待って柳。こんな状況で私を一人にしないで。殺されてしまう。今朝のこともあるから確実にっ。だけど。 『ひゃっ、ゆ、ゆきっ』 突然抱きついてきた幸村は、未だに乱れた吐息をしたまま私を抱きしめるものだから、その鼓動がとてつもなく私に振動する。 こんな必至の幸村を見るのはテニスの時くらいで、しかもテニスも間近で見た事がない私にとっては未知の世界。 ただ、ただ抱きしめられたままで今の状況を驚いていると、幸村が小さく何か呟いた。 けど、ちょうどどこかから聞こえてきた声に消されてよく分からなかった。 とにかく、幸村が芥子色のジャージを着ているということは、今日は何時もどおり練習中のはずなのに。 『れん、しゅは?』 「……告白、されたわけ?」 『え、ああ……その、柳が助けてくれたからそんなに告白とかというよりか、その』 「……じて」 またもや消えかけそうな声。そんな小さな声で言われたら、ただでさえ呼吸が乱れているので、その吐息の甘さにくらくらしそうなのに聞こえない。「なに?」って聞き返した時。「目閉じて」の合図に私は強制的に幸村の手で目隠しされた。 大きな手が私に覆いかぶさっていて、見えない中で「つぶった?」と普段より数倍、いや数百倍優しい声がした。 目を閉じたままで、口から心臓とか内臓とか飛び出そう、とか考えていた時に、首筋が一瞬ひやりとして瞬間的に跳ねる体。 「いいよ」の合図は、耳元で囁かれた甘い吐息と一緒に私を耳朶から犯す。 『……ネ、ネックレス……?』 立海の制服の上で小さく光るネックレス。お花のモニュメントの真ん中に小さな宝石が埋め込んであって、それが何気なく私の誕生石だったものだから胸が一回止まった気がした。 すごく嬉しくて、嬉しくて、ずっと好きだった幸村がくれた初めてのプレゼントで、この緻密で小さなネックレスを幸村が忙しい中で私の為に買ってきてくれたってだけで嬉しくて。嗚呼、どうしよう。言葉が出ない。 「……なに? 気に入らない?」 『めっ、滅相もないっ、じゃなくてっ……い、いいの? こんな高そうな、もの』 「一生かけて返してくれたらいいよ」 『ちょっ、一生幸村の支配下とか嫌だっ』 「……」 え、なんでここで黙り込むわけ? まさか幸村は私を死ぬまでこきつかおうとか思ってたの? 嘘、そんなっ、とか思ってたら、くすくすっていう笑い声が聞こえて、ぱちくりしながら見たらそこには柳。 ……まだいたの!? 「……なに蓮ニ。さっさと練習行きなよ」 「くくっ、いや、お前の告白をもってしても落せない風雅渚はさすが神の子の選んだ女だと思ってな」 『え、どういうこと?』 「煩い黙れ。お前は一生俺に服従されてろ馬鹿」 『う、うるさい幸村っ、誰があんたなんかのっ』 柳は、その様子を見たら満足げに部室の方向へ向かって歩き出した。幸村も早く行かなくていいの? って親切に聞いてあげたのに何故か幸村はむっすりとしたままで、私に目も合わせてくれない。え、嘘。もしかしてまだ怒ってるの?! とにかく、ネックレスはすごく嬉しかったけど、幸村の支配化で一生生きて行くのは辛いよね。だって、支配下って何されるかわからないし、もしかしたら私、幸村にこき使われるために彼女になったんじゃ……。 「渚の頭が本当に馬鹿で進学後が心配だよ」 『よ、余計なお世話! ちゃんと大学進学決まったもん!』 「当たり前だろ。俺も進学するんだから」 『意味わからないし』 さっきから、様子がおかしい幸村にいったいどう対応したものか、と眉をひそめていると、深い溜息をついた幸村が何かを思いついたように瞬きをして、私の首の後ろに右手、そして腰に左手を回した。一気に近づいたその距離にやっぱり心臓がまた大きくなる。 キスだって、もう済ませたのにやっぱりこの距離は無理。幸村が近すぎて声が震える。 とっさに近づいた唇に反射的に目をぎゅっと閉じた。だけど唇に当たるのは、冷たい空気で、それとは思いもよらないとこにちくり、と痛みが走る。 『っ……!』 「暴れないの」 『っちょ、……』 「少し、我慢しなよ」 ちくり。その痛みを首筋に落とした幸村は、ゆっくりと唇を離すと少しだけ満足そうに微笑んで私の頬を撫でた。もしかしなくてもキスマークをつけられたことくらい私にもわかった。 いきなりの展開であわあわする私をよそに、彼は満面の笑みを見せながら一言。 「渚は一生、俺のものだから」 なに、この俺様少年。誰があんたの言うとおりになるかって言い返せないのは、その言葉を言われたことがあまりにも嬉しくて、だけどそんな自分に素直になれない私が悔しくて。 『こ、こんなホワイトデーの御返しは初めてっ……』 なんて皮肉めいて言ってやったけど、真正面向けなくて、どうやらその様子を見ていた幸村にとってそれはツボだったらしくて「よかったね」って優しく笑う。 嗚呼、やめてよ。本当に優しく笑うその表情は駄目だって。 顔に集まる熱を隠すように目をそらした私の耳たぶをかり、と甘く食んだまま、最後にとてつもない事を言い残して、彼は私から離れた。「早く帰りなよ渚」って言う幸村の声なんてもう聞こえるものか。 「で、なんと言われたんだ?」 『なんで柳に……』 「貸し1」 『……あああ! 言えばいいんでしょ!』 あの時のことを思い出すたびに熱を抱く体を両手で抱きしめながら私は小さな声でその台詞を口にした。 『お前の初めては全部俺のものだよ、だってさ。これ以上ドキドキしたら早死にする』 とついでにぼやいたら、柳がその言葉は精市には毒だな、と苦笑してきました。 . |