今日は誰がなんと言おうと幸村に近づいてやらない、と心に決めたのは私の中で小さな意地があったからだ。


「なるほど、プレゼントを貰う精市を見るのは辛いからという逃げ道を作って、今日は精市から避けているということか」

『あのさ、柳。……仮にも勝手に人の心を読むのはよくないと……』
「しかし、自分の誕生日だというのに彼女に祝ってもらえない彼氏というものも不憫なものだな」


ぐさりと心に刺さるような言葉を漏らしながら去っていった柳の背中を見ながらも私は小さく溜息をついた。
……そりゃ、私だって本当は祝ってあげたい。口に出しては絶対に言わないけど、私だってちゃんと彼のことが好きだから。
なんだかんだ言ってバレンタインにようやくキスまで果たした私達だけど、結局その後はなんの発展もなし。
……というか、幸村が「先に帰れ」とか言って私と帰ってくれないからだ。馬鹿幸村。ちょっとは私の乙女心ってものを察してくれればいいのに。

それに、去年も彼に「おめでとう」なんて言っていない。あの集団の中に混じるのは嫌だったし、私は相当なチキンであって、みんなの王子様の幸村精市に「おめでとう」なんて言えるわけがなかった。しかし、今年は話が違う。……私は彼の彼女だから。まがいなりにも。……だけどだけど。
耳の中に入ってくくる黄色い叫び声と幸村を呼ぶ声。嫌になるなあ。何がって自分が。結局ヤキモチは妬くくせに、それを幸村にばれたくはない。
……どうせ馬鹿にされるし。


「……はあ……憂鬱」


彼はきっとたくさんのプレゼントを貰いながら「ありがとう」って言って儚い微笑みを浮かべたりしているんだろうな。断っちゃえない幸村が好きだけど、私に見せるような黒い笑みをあの子達には見せない幸村は正直ちょっと酷い。
……そんな綺麗に笑うから、モテるのに。そんなことを考えていると、廊下に本当に彼の姿。


「幸村君っ、お誕生日おめでとうっ」
「ああ、ありがとう」
「きゃあ、っ私のも受け取って」


そんな光景をぼんやりと、ばれないようにちらちらと見ていると、ばちりと幸村と目が合う。……そして、何か知らないけど「馬鹿渚」と口パクで呟かれた。
ああああ、なにが「馬鹿」だ意味がわからないあんたが馬鹿幸村。
もう知らない。プレゼントもあげない。放課後も絶対に会わない。っていうか、今日一日絶対に避けてやる。

そして。そのまま、私のカバンに詰められた彼へのプレゼントは放課後を迎える事になる。
彼の為に用意したプレゼントは、ありきたりすぎるかもしれないけど、蒼い色のリストバンド。何にするか悩んだ結果、スポーツ店に行って見つけた幸村の髪の色と同色のリストバンドを渡す事にした。
渡すことにして、綺麗にラッピングして、日頃の多少の感謝を手紙に書いた。……まではよかった。

だけど、あれ、気付けば放課後。
っていうか、いつの間にか帰りのHRも終わっていました。


『……あら、本当に……』


放課後まで会わない。になってしまった。そんなことを考えていると不意に自分の意地っ張りの強さに嫌気が差してきて思わず机に突っ伏した。
やっぱり素直に「おめでとう」って言って渡せばよかった。カバンの中で赤いリボンがちらりとするたびになんか悲しくなってきた。

……馬鹿幸村。
……そして、それ以上に馬鹿渚。
ふと窓の外を見ると、部活真っ盛りな幸村の姿。そしていつもよりも多い観客。きっと今日は真田君の「渇」もいつもより大変だろうな。
やっぱり、会おうか。
でも、「何しに来たの」って言われたらもうどうしようもなくなる。だけどそのまま其処にいるわけにもいかず、かといって部活中の幸村の邪魔もしたくなくて、私はカバンを持って立ち上がり、いそいそと下駄箱に向かった。


「いやあ、助かった。ありがとう風雅」
『い、いえ。先生。資料整理なんてお手のものですよ』


……はてさて。どうして私は先生の手伝いをしているのだろうか。いや、それはこの新任の先生が私に「ごめんけど手伝って欲しい事があるんだけど」って頼んできたからであって。


「ごめんね。用事とかなかったかな?」
『はい。平気です』


もう用事もくそもありません。なんて心の中で答えながらも、その先生の顔をぼんやり見ていた。
みんなが「かっこいい」と騒ぐだけあってなかなか綺麗な顔をしている。……幸村には負けるけど。


「これ、よかったらお礼に」


そう言いながら先生が手に握らせてくれたのは、苺味のキャンディー。「これ美味しいんだ」とこっそり言ってくる先生につられて笑った瞬間。
がだんっ、みたいなとにかく変な音がしたかと思ったら、資料室の扉が開いて、そこに立っていたのは幸村。
ゆ……きむら。ゆきむ。ら……ああああああ!!?


「おや、君は確かゆきむ……」
「こんばんは先生少し風雅さんに用事があるので彼女を借りていこうと思いますがもうご都合はよろしいですよねそれでは失礼致します」
『え、ちょ、ゆっ』


今息継ぎしなかったなあ、と考える私をよそにずんずんと私の腕をひっぱる幸村。ちょっとちょっと。今度はいったい何事だ。
資料室から大分遠のいた頃にやっと止まってくれた彼は、おもむろに私の頬をつねりだした。痛い痛いっ。っていうか、マジで手加減しないと私のほっぺた落ちる。マジ落ちる。
痛くて痛くて仕方なくてとりあえず「ごめんなひゃい」と言葉にならないままで言うと彼はなんだか知らないけど目線をずらして手を離してくれた。


『……え、とゆ、きむ……』
「どうして受け取ってくれないんですか、幸村先輩っ、って俺が何回言われたかわかる?」
『……はい?』
「幸村君、受け取って欲しいの。お願い、って見たくもない女子の潤んだ瞳を何回見せ付けられたかわかってる?」


なんだか今の話をつなげていくとさも幸村が今回プレゼントを受け取っていないように聞こえるのは私だけなんだろうか。
……へ? え……あの。


『まさか、貰って、ないの……?』
「言っとくけど今年はバレンタインも貰ってないんだけど」
『そんなの初耳!』
「渚は馬鹿でアホで意地っ張りだからね。俺の優しさに感謝しなよ」


何を偉そうに言っているんだこの馬鹿、と言い返す前に幸村の腕がおもむろに私の頬を包み込んで、深い瞳が私の瞳を捉えた。


『っ、ちょ……、ゆきむっ』
「お前はいつもそうだよね。俺の気なんて全く知らないで勝手に拗ねたり意地張ったり。あーあ、俺はどうしてお前を彼女にしたんだろうね」
『知らないからそんなの!』
「好きだからに決まってるだろ」


は。……え。ええ……。
その台詞で一瞬にしてなにもかもがフリーズして、気がつけば幸村の唇が私の頬に優しく触れていた。
少し乾燥したその感触とさっき幸村が言った台詞にぼお、としている暇も無く、私はとっさにカバンの中に手を伸ばし、赤くなりすぎた顔を隠すようにプレゼントを突き出していた。


「……なにこれ」


さっき私に爆弾発言をした人と思えないほどの発言をした幸村が怪訝そうに眉をひそめる。
とにかく私はその目と目を合わせないように必至になって半ば強引に彼の腕の中にそれを渡しこんだ。


『リス、リストバンドっです、そのっ、あ、の、幸村くっ、違う、幸村に、プレゼント、でっ』
「……どもりすぎだし、なんで敬語で言うわけ」
『だ、だって、幸村が、ゆ、きむらがっ』


そんな私のようすをしばらく見ていた幸村は何も言わずにそのプレゼントを受け取るとおもむろにプレゼントの包装を解いていく。
彼の綺麗な手によって解かれるリボンがなんかなまめかしくて、直視できずにいるとあっという間に彼の手首にはめられてしまったリストバンド。

蒼いリストバンドを5秒ほど見ていた幸村は、「ふうん」と声を漏らしたかと思うと、私の前に手首を突き出した。
新しい匂いが私の鼻腔に伝わる。


『えっと、なに。そんなに近づけなくても見えてるし』
「……蓮ニが」
『はい?』
「蓮ニが言ってたんだ。選手にプレゼントを渡す時には、その物に『精一杯頑張ってください』って気持ちをこめないといけないんだって。つまり願掛け。それも誠心誠意こめて、その人が最大の力を捧げないといけないんだって」
『なにその話』
「それしなかったら、呪われるらしいよ、……神様に」
『ますます意味不明だし!!』


だからさ。と続けた幸村はさらに私の顔にリストバンドを近づける。あと少し動けばそのリストバンドとチューしそうな距離になったのを見計らったように彼は声を低くした。


「ほら、おまじない、しなよ。それくらいしか使用用途がないだろ。その口」
『……ま、まさかだと思うけど、まさかこれにキス、しろ、と……』
「俺は別にどうでもいいけどさ。お前が呪われたらさすがに渚の彼氏である俺がイロイロと迷惑するからさ」


答えは聞いてないよ。と耳元で囁いてくる幸村はもう、私がそのリストバンドにキスするまでは決して許してくれないだろう。

……この間のバレンタインがいい例だ。きっと、私をいじめて楽しんでいるに違いない。
そんなことを考えながらも、今日は幸村の誕生日なのだから彼の言う事くらい聞いてあげたほうがいいのかもしれない、という義務にも似た思いも募ってきて、結果。


『……お願いだから、どっか違うところ見てて』
「却下。ちなみに『精市頑張って』って言った後にキスね。俺も本当はこんなことしてほしくないんだけど、蓮二が言うから仕方ないよね」


なんだかひどく侮辱されている気もする。けど、もう知らない。
これ以上顔が赤くなったら私が死ぬ。
私は、大きく息を吸い込んで、目線をそらしながら。


『せ、せい、ち……。テニス、応援してるから、その……頑張って!』


そしてぶつけるようにそのリストバンドにキスをすると「まあ、頑張ったご褒美くらいはあげるよ」とか言いながら幸村が優しく私の額にキスをしてくるものだから、息がもう乱れまくった。

そんな私をけらけらと笑う幸村がなんだか恨めしくて、私は彼の胸にタックルをかまして、叫んだ。


『精市おめでとう!! お誕生日おめでとうっ!! あああっ、もうお願いだからこれ以上私の心臓壊さないでっ!』


そのままやけくそになって頬にキスでもしてやろうかなんて考える暇もなく、そのまま痛いくらいに抱きしめられて「着替えてくるから、部室まで一緒に来て。というか来い馬鹿渚」と早口で囁かれて、そのまま幸村は私の顔を一回も見る事もなく私を部室へとぐいぐいと引っ張っていった。
腕が痛くてもげそうで「ヘルプ」って叫びながらも、彼の耳がなんかちょっと赤く見えて「幸村、おめでとう」ってもう一度言うと「煩い」と返されました。




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