幸村と付き合い始めたのは、ちょうど彼の誕生日から一週間後の日だった。


「俺の誕生日プレゼント用意してなかったんだから、俺の彼女にくらいなれば? どうせ、暇なんだろ?」


って言出だした最低魔王な幸村に、便乗したのはきっと私も幸村のことが相当好きだったからである。だから、何が言いたいかと言うと。



「ほう、彼氏としてバレンタインをあげたことがないから、何をあげればいいのかも、何が好きなのかも分からず困っているのか」
『いや、まだ何も言ってないよね柳』
「お前の顔を見ればすぐに分かる」


そんなに分かりやすい顔をしているのか、と少し落ち込みながらも、彼が優しく頭を小突いてきたからなんだかどうでもよくなった。そう、今私がぶち当たっている壁というものは、幸村と付き合って初めてのバレインタインなのである。
まあ、幸村に恋をしたのは1年生の頃だったから、彼がどれほどにもてるのかは知っている。
知っているからこそ。どうしようもない。


『……私さ、正直、あげなくてもいいかなあ、と思ってね』
「だって、私以外の女の子からたくさん貰うんだったら、逆に私があげたら処理に困るかもしれないじゃん、とお前は言う」
『……わざわざ声真似までありがとう』


そういうことだ。
去年は……127個だっけ? まあ、その中の一つがこっそり私だったりするのだけど。
こっそりというのは、名前も何も書かずに渡したからだ。今でも相当なチキンだと思う。


「去年は……クッキーだったな」
『そうそう。……ってなんで知ってるの!』
「……ふっ」



いや、ふ、じゃないんだけど!
……って、そういうことじゃなくて。全く問題解決してないんだけどと思ったと同時に鳴り響くチャイム。結局何も問題解決することなく、私はバレンタイン当日を迎える事となってしまった。

勿論、バレンタイン当日は幸村の回りには人、人、人。
もう、人がゴミのようだとか言っているレベルじゃないくらいの人。それに付け加え、女の子たちにむけられている幸村の微笑み。
分かるよ。作り笑いだってことくらい。
でも、私はあの作り笑いでさえ見た事ない。

いや、作り笑いされたいわけじゃないけど。……つっけんどんにしてても、私は幸村のこと相当好きであって……。
そう考えながら、廊下を歩いていた。


「で……。なして俺に渡すことになっとんのじゃ」
『仁王君、いや。詐欺師様! 頼むからこれを処理してください。自分で処理は痛い子にしか見えないからっ』


女子から追いかけられることに疲れたコート上の詐欺師こと仁王君を探し出し、屋上へといる私。これ、と言いながら突き出したのは、半分くらいが潰れてしまった箱。


「転んで落したん?」
『……そ、そんなところ』


いや、実際には、廊下を歩いていた時に、後から急に背中押されて転んで、箱からうっかり手を離してしまい、その先に待っていた女子達が、知らん顔しながらポーンと蹴って、なんかドヤ顔しながら皆様で去っていたのだけど。
……まあ、私が幸村の彼女だから仕方ない。
と、思いつつも、中身を自分で捨てるには泣きそうになったから、こうして詐欺師さんにお願いしているのだ。

 

「ね、ただゴミ箱にポイってしてくれればいいから! 自分でつぶしたチョコとか、まじ馬鹿って思ってもいいからっ! お願いっ」



そう言った私の前で溜息をついた仁王君は、ぼそり。


「お前さんは……相変わらず嘘が下手やのう」
『へ?』


そんなことを言って、私の頭を小さく撫でた。なんだか、その手があまりにも優しいから、この人本当は柳生君なんじゃないかって思うくらい優しかった。
だから、あまりにも自分が惨めになって。
だから、泣きそうになった。何も言わずうつむいた私を、仁王はずっと頭撫でてくれた。
今日は、あまりにもファンのみんなが凄いからってテニス部の練習も無いから、本当は、幸村と一緒に帰れたらな、とか思ってた。


「食べてええ?」
『い、いいけど……蹴ったやつでっ』
「まだ食べれる。食べたいなり。腹減った」
『え、あう、そこまで言う、なら』


中身は無事だろうから。まあ、いいか。昨日から頑張ってココアたっぷりのトリュフを作って、糖分とか色々悩みながら作った。
だけど。こんなの、幸村には、渡せない。
幸村のこと本当は、いつも大好きだって伝えようと思ってた。
だけど。もう、今日は会えそうにない。
あーあ、明日、なんて言われるか、想像しただけで……。


「渚!」


……あれ、幻聴。幸村が私を呼んでる。


『……もう、仁王雅治君、今、幸村君の声一番聞きたくないんだけど、止めてくれる?』
「俺じゃないなり」



ほれ。と指差した仁王の先。
屋上の入り口に立っていたのは、まがい物じゃない本物幸村。
え、えええ。なになに。なんか、凄い勢いで幸村がこっちに来る。


『ちょ、仁王君っ、助けてっ、殺されそうっ』
「おう、幸村、随分息がきれとるのう」
「煩いよ仁王。下で女子が待ってたから呼んであげたから感謝しなよ」
「……最悪なり」


げんなりとした仁王君の手に握られていた私の潰れかけトリュフを奪い去った幸村は、そのまま勢いよく私を抱き上げた。


『っ!!』


そのまま、本当に息をする暇さえないくらいの勢いで走り出した幸村に、振り落とされないように抱きついて、気がつけばそこは、テニス部の部室だった。
なるほど、今日は練習が無いからこそ、ここはファンの人の死角なのか、なんて関心していると、ぼん、と部室のソファに落された。


『いっつ!! な、なにすんっ』
「これ、仁王のために作ったの?」



まるで上から私を見下ろしているような幸村。やばい。今ならこの人の視線で死にそう。……あれ、今日もしかして私の命日?


「答えなよ。仁王のために作ったの?」
『え、いや、その……あまったから……』
「へえ、お前は、渡す相手さえいないようなもののラッピングもこんなに頑張るほど金持ちだったんだね。知らなかった」


うわ、今何気に私が貧乏宣言去れたような気がするんだけど。だけど、素直に幸村に作りました、とも言いたくない。
だって、もっと綺麗な時に渡したかったから。


『別に、幸村には関係ないってば。ほら、返して。私のだから!』
「素直に言ったら、屋上から命綱なしのバンジージャンプはやめてあげる」
『それ、もう飛び降り自殺でしょ!』


駄目だ。よく分からないけど、魔王様はひどくご立腹だ。これは、魔法でも使わない限り、私の生命はもたないかもしれない。
だけど、私には魔法なんてないのであって。


「……で、誰に作ったわけ?」
『…………ゆ、幸村、です……』


私の人生さようなら。なんて唱えた瞬間。



『ちょっ!! 幸村何してんのっ!!』
「俺のだから好きにしていいだろ」


だからって、本当にそれを食べようとするなんてありえない!!いや、食べれるだろうけどっ……私が嫌だっ!!


『駄目!! ま、また作るからっ』
「嫌だ」
『駄目だって!! だってそれ、蹴られたしっ!!!』
「…………へえ。誰に??」
『まっ、間違った!!! 蹴った!! 私がっ』


蹴られたなんて言ったら、また私が意味もなく怒られるに決まってる!俺にあげるものを蹴ったの??
とか聞いてくる幸村をどうしようかと思いつつ、再び人生の終わりを覚悟し……。


「食べさせて」


そしたら、仁王をまた、たぶらかしたことも、許してあげる。とかなんとか言いつつ、幸村は私に箱を押し付け、私の隣に腰掛けた。その距離ほぼ3センチ。やばい。近い。色んな意味で死ぬ。
でも断ったら確実に私の命は無い。結果……ゆっくりと指をトリュフに向けた。
触れたら指先にココアがたっぷりついて、ただでさえ変形しているトリュフは体温で更に変形。
しかし、幸村は文句も言わないで。


「……次」


ただ、そう言った。美味しいも、まずいも言わず、目も合わせず、咀嚼をして、ごくりと飲み込んだ。なんだかそれだけで、怖いくらい嬉しくて、だけど指先を幸村の唇が微かに触れるのが恥ずかしくて。
呼吸が止まりそうになりながらも最後の一粒を幸村の口に持っていく。そしてまたさっきまでと同じようにそれを幸村が食べた。


『ひゃっ……!』


だけど、今回は違う。幸村は、紅い舌を出しぺろりと私の指を舐めている。



『ちょっ!! やっ、ゆっ、きむらっ』


こそばゆいのと恥ずかしいのと、幸村が全部食べてくれて嬉しいのが重なって、尋常じゃないくらい指先がじんじん熱くなった。
私の指先についたココアパウダーを丁寧に舐めとる幸村は、妖艶で、直視出来ないまま「も、もう、限界」と呻くと、彼は、無言で口を離して、私を柔らかく抱きしめた。


『ゆ、きむらっ……??』
「……甘すぎ。渚は馬鹿なわけ?」
『えっ、うっ、嘘!!!』
「しかも、持ってくるの遅いし、俺のを仁王にやってるし、また俺に言わなかったし。あーあ、本当に嫌になる。なんなのお前」
『ちょっ、まっ、えっ』
「だから、お仕置き……」



そんな台詞が聞こえた次の瞬間に唇に触れた、甘い味。
目をぱちくりさせた私の前で、ドヤ顔な幸村。あれ。今。もしかしなくても。
キス。え、キスされたんだ。
実感が無いままで、唇に手をやると、なんだかそれだけで甘く感じて、思わずうつむいていると。



「ボヤボヤしてると、おいていくから。早くしてくれないかな」


まるで何事も無かったように言う幸村を恨めしく見やりながらも、人生初めての口付けのあまりの甘さにクラクラとしそうになりながらも、思わず緩み、火照る頬を必至で抑えながら彼に向けて駆けて行った。

私のふぁーすとキスは、レモンじゃなくて、甘いチョコレート味。
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