ある日とてつもなく具合が悪い時に偶然に紳士な柳生君に出会った。もともと、死にかけていた私の前に、一人の眼鏡君。


「おや、風雅さんではありませんか」


具合が悪そうですね。
と一言言われれば、とてつもなく涙腺が弱っていた私は、そのままフェードアウトしてしまうんじゃないかってくらいの勢いで泣き出した。やばい。紳士的に私にハンカチを差し出してくれるなんてやばい。
しかも、その差し出し方が本当にさりげない感じで、嫌悪感も拒否感も浮かばず、自然とそれを受け取ってしまった。

ほのかに香る洗剤の香りにまた安心してきて涙が止まらなくてますます気分が悪くなっての繰り返し。


「保健室に行きましょう」
『いやだ』
「何故です」
『さっき、幸村に振られた女の子が入っていくのが見えた。無理。そんな女の子見たら私土下座以外できない』
「……では、ここに少し座りましょう。立っているよりかはましでしょうからね」
『優しいね。幸村とは真逆だ』
「幸村君も優しいと思いますがね」
『……私以外にね』


普段なら廊下なんかに座らせないであろう柳生君は、私の体をゆっくりと座らせた。なんて優しいんだろう。
泣いたら泣いたで、迷惑かかっちゃうな、なんて思いつつもその次に浮かんだのは恐妻……じゃなくて恐彼氏の姿だ。
前に、フラフラしかけていた時に、偶然会った仁王君が「寄りかかっていい」っていうから、少し悪い気もしたけど寄りかかっていたら「俺の大切なテニス部の体で遊ばないでくれる?」って言われた。
いや、その言い方私が悪女だよね。なんて言い返しながらも、仕返しが怖くて心の中でスライディング土下座をした。
だから、こんな場所を見つかってしまっては、完全に殺される。っていうか、黒魔術で呪い殺される。


『大丈夫。だから、ね、やぎゅ君』
「大丈夫の人の顔には見えませんね」
『平気。もともとこういう顔』
「普段もはつらつとして可愛らしいですが、今はあまりにも儚げですよ。心配になります」



なんていう口説き文句だ。
紳士の異名はさすが、と思いつつもまた気分が悪いのが廻る。
ヤバイ。これはもう、女の子に土下座してでも保健室に行こうかな。なんて考えていたら、不意に柳生君の体が離れて、代わりに声と共に頬を撫でる手。



「泣いてるわけ?」
『ゆ、きむら』
「ああ、ごめんね柳生。ありがとう」



柳生君には爽やかスマイルを見せたくせに、私に向けるのはどこか少し不機嫌な顔。だけど今は、気分が悪い。幸村が来て、すごく嬉しいのに気分が悪い。どうしようどうしよう。


「吐きそう?」
『……へーき』
「少し、動ける?」
『……放っていてもらってもいいよ。でも、やっ、柳生君とは何もないから許して幸村様っ』
「……あのさ、お前、なんで俺があんなこと言ったのか……」



まあ、いいや。
そう呟いた幸村が優しく私の頭と背中を撫でる。
普段はこんなに優しくないからなのか、本当に泪がぼろぼろで、だけど自然と気分が悪いのが薄れていく。そういえば、前にもこんなことあったな、なんて考えつつも今は少しだけ、と言わんばかりに、あいているほうの幸村の手の裾を掴むと、幸村が息を呑んだ声がした。


「……部室行こうか?」
『みんなに迷惑になるからいい。幸村部活?』
「死にかけのお前を放っておくほど非道じゃないよ」


幸村が優しい声で言いながら、「だから、余計なこと考えるな馬鹿」って言った。
馬鹿は余計だけど。でも、気分が悪いからなのかそれさえも幸村に「好きだよ」って言われているくらい嬉しかった。
なんだかんだ言っても、傍にいてくれる幸村も十分な紳士。
そんな幸村の裾を握る手を少し強めた。

いざって時には必ず紳士だからこそ。また惚れてしまうんだね。
明日、そう柳生君に教えてあげようと思った。

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