少し用事があって、部室にまで足を運べば、そこに白髪頭のあの男がいなかった。
嗚呼、またか。



『におーくーん』
「おや、貴女ですか」


眼鏡を微妙にあげながら、反応した男。いやあ、今日も底冷えする一日ですねえ。なんて、いけしゃあしゃあと口角あげながら言ってきた。



「仁王君は、先程生徒に呼び出されて、今はいませんが」
『におーくーん』
「いえ、だから現在部室には私しかいませんので……」
『にーおーくーんー』
「……ですから」
『今世紀史上最低最悪。無駄に色気むんむんな女垂らし詐欺師』
「…………言うのう」



ニヤリとした詐欺師は、私の頭をぐりぐりと撫でると、頭につけていた髪をとり、指先でくるくる。



『嘘ついたほうが最低だよ』
「詐欺師じゃけんのう」
『どうせそうやって女の子騙してるんでしょー。可哀相』
「そない遊び人に見えるんかのう」


ケラケラ笑いながら言うもんだから、そう見えるんだけどな。伊達眼鏡を取った仁王君が私の頭にそれをさした。


「ほいで。俺に用事かのう」
『そ、そうだった!! 仁王君に教えてほしいことがあってさ』
「んー?? 詐欺でもするんか?」
『そう!!』
「…………は」


何よ自分で言っておきながらなんでそんな顔すんのさ。変なの。
もともと、詐欺師から詐欺を習うために頑張って仁王君の居場所を捜しだしたのに。
大体、幸村がいけないんだ。
毎回毎回。会う度に私をからかっては遊んでるものだから、仕返ししたくて詐欺師に頼ったのだ。
そんな私の企みを知らないはずの仁王君は……。


「もしかして……その相手は幸村か」
『わーさすがっ!! 読心術ってやつ!?』
「感激しなさんな。お前さんの考えが単純なだけじゃ」


さすが詐欺師なりっ!!
私も仁王君に詐欺を習って、幸村を出し抜いてやりたい!
っていうか、たまには焦った顔くらい見せればいいのにあの魔王。私ばかりバカにされるなんておかしいでしょ。


「却下じゃ」
『なんでっ!? 前にお菓子あげたじゃん。またあげるからっ』
「菓子でつりなさんな。……とにかく却下なり」


存外詐欺師は意地悪だ。せっかく部室まで来たのにさ。ここに来るまでに何人の女の子に絡まれ、睨まれたことか。意外と怖かったんだよ私も一応。だって、「誰に会うわけ? ってか、幸村君とどうなってるの? まだ付き合ってるの? で、結局誰に会いに行くの?」とか言われても、素直に言ったらそれはそれで殺されてしまいそうな勢いだし。そういえば前に幸村にその光景を見られた時なんか分からないけどめちゃくちゃ怒られたし。『なんで俺を呼ばないわけ?』って。……なんで幸村を呼ばないといけないのか分からなかったけど。



『仁王君お願い!! なんなら、仁王君のためにケーキワンホール焼いてきてあげる!!』
「ますます却下じゃ。……俺だってまだ命が惜しいんじゃ」
『食べて死ぬってこと?!』
「まあ、ある意味そうやのう。食べ……いや貰った瞬間に黒魔術で殺されるにきまっとる」


なんか意味が分からないけど、とにかく協力は却下らしい。
詐欺師め。いつも、遅刻してきているのに、どうにか、ごまかしたりして、先生から助けてあげてるじゃないか。……多分。
だけどとりあえず、無理を言うのも気が引けてきた。


『そーだよね。におー君は、所詮私なんかよりやぎゅー君だもんね』
「なんか話しが屈曲しとる」
『いいよ。仁王君に教えてもらえなくても幸村騙してやるから』
「……。お前さんのことは忘れんぜよ」
『あれ、私死ぬ感じ??』


とりあえず、そうとなったら一人で練習だ。



「すまんのう。力になれんで」
『あ、気にしないで。私もごめんね。ありがと』


部室から出る前に、ニッコリ笑いながら言ってあげると、何故か仁王君の動きが固まった。今度はなんなんだ。


『どしたのにおー君』
「……お前さんの笑顔はある意味で詐欺なくらいやけんどのう」
『は??』


よく分からないけど、別の手を探さないといけない。仁王君にバイバイして、部室を出たあとに、におー君の叫び声が聞こえた。気がした。

後日仁王君に言われたけど。その笑顔で俺だったら一発じゃって。
どういう意味なんだろう。






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