◇彼女の趣味
そもそも、どうして先輩は俺と付き合ってるのか。
あの人が好きなのは、俺個人ではなくおそらく「俺と絡む誰か」といった具合だ。嗚呼、なにか思考までおかしくなりそうで困る。
さすがに部活以外の時まではあの人はやってこない。マネージャーもそんなものだ。だから今、ものすごく平和だ。あの人のテンションの高さには正直、24時間一緒なんて全くついて行けない。まあ、それはそれで恐怖があってスリリング、と言ったところか。
第一、朝っぱらから練習をしている俺の気も知らずに、きゃあきゃあ騒いでいるあの人を見るたびにげんなりしてしまう。
今朝も今朝で。
『若ー!かっこいー』
「煩いですよ」
耳に響きます。
そう言えば普通の人間ならば、少しばかり嫌悪感なり、そういう負の感情を抱きそうなものだが、どうやら久木先輩には逆効果らしい。
なんだか、先ほどより意気揚々としているのには目をつぶりたい。そんな俺の肩に一つ、手が落ちる。
「おう、日吉。今日も幸せそうだな」
「おはようございます跡部さん。どこがですか」
「ほら、今もお前を穴があきそうなくらの勢いで見てるぜ」
まあ、確かに穴はあきそうだが。
なんだか、あの人にあけられるなんて勘弁したくなりそうだ。
「ふっ、あまりお前と一緒にいると茜に妬かれちまうな」
「……」
妬きもち。……ありえない。
どちらかというと、久木先輩は俺と跡部さんが一緒にいるほうが幸せを感じるらしいから、妬きもちを妬かれるとしたら、どうせ鳳辺りが標的になる。あれだ、あれ。「若という存在がいるのに他の男の名前を呼ぶなんて」というくだりだ。意味が分からない。
『きゃー、跡日ーっ!素敵っ』
しかも意味が分からない単語を発しだしたし。もう少し黙ることはできないのだろうか。大体どうしてそんなことを練習中に考えなくてはいけないんだ。そんな悩みを考えながらも朝練を終えた俺の至福の時。
それは、授業中とその間の休み時間。
あの人も一応、生徒。氷帝の勉強は、やすやす俺のところに遊びに来れるほど生易しいものではない。
だが、あの人のことだ。授業中も、授業そっちのけでおかしなことを考えているに違いない。上の空で、先生に怒られてシュンとへこむ久木先輩の姿が目に浮かんで、思わずこみ上げてきたのは、苦笑と……。
「あれ、日吉。なんか楽しそうだね」
「……どこをどう見たらそうなる」
あれ、違った?
と人が良いという部類の笑顔をこぼす鳳は、にこにことしたままで俺の席までやってきた。何か用か? とだけ聞くと、彼はまた苦笑した。
クラスが違うこいつがわざわざ俺のところに来るなんて、どうせ教科書を忘れたとかの類だろうが、どうやら今日は違うらしい。
鳳は、少しだけ困った顔をしながら、俺に片手を差し出してきた。……何の手だ。「おい、鳳……」「いいから、手出して、日吉」そんな会話に嫌な予感がする。
俺は、なんだか心の中で小さく悪態つきながら手を差し出すと、鳳が俺の手を握ってきた。
「っ!?」
それを離すほんの数秒の間に。ぱしゃり。という軽快な音。
嗚呼。やっぱり、これは。
『ありがとう鳳君っ!ご協力感謝よっ』
「やっぱり貴女ですか……」
その写真を何に使うつもりなのか俺は知った事ではないし、知りたくもないけど、とりあえず俺は嵌められたらしい。
じっとりとした目線で、帰れコールを訴えてみたが、あの人にはきかない。そして、俺の隣で困った顔で立つ鳳と俺のツーショットを相変わらず撮り続ける久木先輩は、ある意味で最強なのだろうか。
「日吉」
「なんだ」
「……お疲れ様」
「……知ってる」
抑えろ、仮にもあの人は彼女だ。それに、先輩だ。そこだけがあの人のとりえだ。まあ、いくら先輩で最強でも。けっして、下克上なんてしたくないけど。
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