◇こんなことになると思った
真田さんと幸村さんのツーショットを見ただけで叫びそうやら、奇声をあげそうやら、とにかく、あんなになった先輩が、今度は死にそうなくらい声を殺している。
大きな瞳をメガネで包み隠して、白い頬をぼんやり赤に染めて。まるで、夢見る少女そのものの視線と、雰囲気。……というのも……。
「やっと見つけましたよ仁王君! 貴方という人は、また練習をサボってなにをしているのですか」
「そない怒りなさんなやーぎゅ。……お前さんもサボる?」
「妙なことを言ってないで、早く練習に戻りますよ」
「どエス紳士。紳士の仮面を被った鬼じゃ。サディストじゃ。あーあ、紳士が、サディストなんて、世も末なりー」
「仁王君」
「あー、冗談冗談。許して」
「……全く。……あと5分間だけですよ……?」
「さすが紳士」
「いったいどの口からその言葉が出ているんでしょうね」
「……久木先輩」
『……』
目をキラキラ輝かせた先輩は、俺の言葉を聞きもしないままで、すう、と息を吸い込んで、俺の耳元に興奮気味に唇を寄せた。草むら。その向こうにいる仁王さんと柳生さんの声。俺の耳元では久木先輩の声。そう、極小さな声。
『な、生28よっ! いや、この場合、82でも成立するわね! と、と、とにかくっ、ああ、美味しいっ』
「そうですか。って、これ盗み聞きですから! 帰りますよ」
『違うわ! 立派な、資料になるわ! 素敵! 美味しいっ! hshsしちゃうわっ』
「なんの話しですか!」
いや、聞きたくないし、理解したくないけど。だけど、いつもにまして、ハイテンションでこんなに嬉しそうにしている久木先輩を見ることも滅多にないことだ。
其れほどに、柳生さんと仁王さんは久木先輩のドツボを得ているということか。
私は若の受け攻めも好きだけど、最近は、2882が来てるのよねー。あの、紳士と詐欺師って処が、萌えるわよね。どっちが攻めてもいいっていうところとかね。あーっ、早く、イベント行って、アンソロ買いたいわっ! そうだ! 今日は、28日だから、28推奨サイト様にも訪問しないとっ!
って前に言ってたほどだ。
そうだ、このまま、置いて帰ろう。一生2882とか言えばいい。いや、一生、は。…………なんだか、それはそれでイラつく。
いったい、誰の彼女なんだか。
俺が振り回されて、俺が不安になって。なんで俺がこんなに変な人に影響されないとならない。
……馬鹿馬鹿しくなってきた。
帰ろう。久木先輩なんて好きにすればいい。
「……って、あれ、せんぱっ?!」
ふ、と目線を向けたそこには、空気。やばい。なにがやばいかわからない処がやばい。
それと同時に、聞こえた気がした先輩の声。
俺は、二人で隠れていた草むらから勢いよく立ち上がり……。
「おー、なんじゃ氷帝のひよっこ君なり」
さらりと言った仁王さんと。
「……、あ、っ、んた、なっ、な、な、にをっ!」
其処に見えたのは、仁王さんに顎を掬われたままで硬直した久木先輩の姿だった。