その後すぐに幸村君が駆けつけてくれた。私が言うのもおかしいのかもしれないけど、なんだか少し顔色を悪くしている彼は私の目線に合わせると優しく体を抱きしめてくれた。


「なにか、あったの?」
『……ううん、ごめんね。ちょっと具合悪くなっちゃって』
「……そう。その、さ……俺が昔の話しをしすぎたから、かな?」
『違うよ。もう、その……大丈夫です』


それならいいけど、と続ける幸村君の腕がなんだか震えている気がした。いや、ふるえているのは私のほうだろうか。先ほどまでのシュチュエーションを思い出しただけで身震いがする。今までは消えるのなんて怖くないと思っていたのに、誰かを想うようになってしまった瞬間からその考えが出来なくなってしまった。おかしな話だ。幸村君の体からは優しい香りがして、暖かい温度に包まれている私は至極幸せだと想った。……それと同時にむなしくもなった。
彼が好きなのは「私」だけど、それは決して「今の私」ではない。その事実が頭をぐるぐると回る。彼らの口車にのっているような思考しか出来ない自分をお愚かに思う。だけど、彼らの言っていることは決して間違っていない。幸村君が言っていた私と、今の私はあまりにも違いすぎる。


『違うんだよ、幸村君』


気づいたら、口の端からそんな言葉が零れていた。


『私は、幸村君が好きになってくれた私じゃないよ』
「……玲華?」


何を言っているんだろう私は。過去の私も今の私も私なのに。
嗚呼、分かった、私は寂しいのか。好きになった人に自分自身を見てもらえない事が、こんなに寂しいのか。


『幸村君が好きな私は、もう今の私じゃない』
「玲華、何を言って……」
『私はっ……今の、わたし、はね、好きだよ、幸村君が』


その瞬間、彼の瞳が大きく揺れた。今まで見た事のないような表情。記憶を失う前までの私はこの表情を見た事があったんだろうか。わからない。思い出せないよ。
いっそのこと、彼の愛してくれた頃の記憶を取り戻せたらどれほど楽なんだろう。でもきっと取り戻した記憶は今の私とは全く違う人物であった「玲華」を私に与えるんだろう。そう考えると、頭がごちゃごちゃになってくる。
過去の私はもういない。幸村君はその過去の私を好きなんだ。そして、私は、今の私はそんな彼に恋をしてしまった。


『でも、幸村君が好きなのは過去の私なんだよ。私だけど私じゃないんだよ』
「玲華っ」
『私はっ、……愛される、価値……もないからっ』


だから、さようなら。
私は瞳に雫をいっぱいためながら笑った。自分から記憶を取り戻したいと言いながら、これ以上過去の私を愛おしい瞳をしながら語る幸村君を見たくなかった。こんなの我侭だって分かっているし、こんなの幸村君を困らせるだけだって分かっている。それなのに、私はなんて酷い女なんだろう。困らせたいわけじゃないのに、それなのに、むなしくて。ただ、ひたすらに悲しくて。
走って走って、気がつけばそこは夏休みの生徒会室。どうやってここまで来たのかも、なんでここに来たのかも分からないままで私は一人で泣き崩れた。
父様も母様も景吾も、幸村君も……いや、きっと過去の私を知っている人はみんな「過去の私」を愛している。みんなが必要としているのは今の私じゃないのに。

いやだ。いやだ。
もう、何も聞きたくない。人体モルモット? 研究成果?
私は、一体、何者なんだろう。










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