『あ、あの』

「ん?」


私の前を歩いていた幸村君が足をとめてにこりと微笑む。ボーダーのシャツにジーンズ生地のベスト。淡い色のズボンを履いている彼の姿は、まるでモデルかなにかのように見える。その姿に思わず言うべき言葉を忘れそうになりながらも私は、そっと言葉を振り絞る。


『どこに、行くんですか?』

「公園。ちょうど今、花が綺麗に咲いてるから」

『は、な?』


そういえば、最初に会った時も彼は花を見ていた。そうか。幸村君は花が好きなんだ。……記憶を失う前の私はそのことを知っていたんだろうか。そんなことを考えていると、不意に指に熱が絡められる。それが幸村君の手だと気づいてはいたけど、それを口にするのは気恥ずかしく、頬が熱くて仕方なかった。

嗚呼、でもなんだか不思議だ。
景吾以外の男の人とこうやって触れ合うなんて、なんだか変な気分だ。
昔から、私のことを大切にしていてくれた景吾は、なにかと私と男の子が仲良くするのを嫌がった。あの事件があった後は、私自身が極力、他人と関わらないようにしていたし。……だから、こうやって手を繋いでいるだけでなんだか心臓が口の中からあふれ出してしまいそうな程恥ずかしい。
景吾じゃない。だけど、他人でもない。
この人は、過去の私の恋人。


「ほら、着いたよ」

『え、あ……わ……』


広がったその先。色とりどりの花が咲き乱れるその場所。
ほのかに漂う甘いような芳香。優しい木漏れ日。
私、ここの景色を、知っている。
ううん。私じゃない。私……あれ、私……。昔、この景色。


『精市君、綺麗だね』
「そうだね」


これはいつの記憶?
私が、立海に居たころ?そもそも、それはいつなの?
頭の中がごちゃごちゃになってくる。思い出そうとすればするほど頭が痛いし、泣きそうにもなる。だけど、そんな私のことを気遣うそぶりを見せながらも、幸村君は決してその手を離すことだけはしなかった。









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