タンスにあったほんのり薄紅色のワンピースに、袖を通して、ほんの少し化粧もした。普段は一つ結びにしてある髪を解いていると、鏡の中に景吾が映った。


「お前は相変わらず美しいな」
『……あの、景吾?』
「あんな野郎には勿体ねえな」
『別に景吾が褒めるほどじゃないと……っていうか、どうしたの?』
「あーん? 化けていくお前を鑑賞しにきただけだ」
『うわ、失礼なっ』


くすくす笑いながら景吾に対峙すると、彼は困ったように笑った。


『景吾?』
「……いや。……なんでもねえよ」
『へんなの』


口ではそういいながらも、私は気付いていた。
きっと彼は、私の姿を見て昔を思い出したのだ。
考えれば、自分でこんなに着飾ったのはあの事件以来はじめてかもしれない。この間立つ海に行った時には、景吾のとこのメイドさんがしてくれたものだから。
女としての作法は小学校を卒業する頃には既に教え込まれていた。ナチュラルメイクを教えてくれたのは……他の誰でもない、母様だったのだけど。


「ほら、綺麗よ。気をつけていってらっしゃい」


そういえば、どうしてあの日私は化粧をして出かけたのだっけ。
自分が恨めしい。相手の顔さえ思い出せないなんて。

不意にインターホンを鳴らす音がして、心臓が高鳴った。


『はい』
「おはよう。迎えに来たよ」


部屋まで行ったほうがいいかな?
そんなことを聞かれたので「すっすぐに降ります」と口早に言っていた。
オートロック式の自動ドアを抜けるとそこに、私服姿の幸村君がいた。
今まで芥子色のジャージ姿しか見た事なかったからなのか、その姿が気恥ずかしいくらいに整って見える。
しばらくぼんやりとほおけていると、頭をぽん、と叩かれた。


『っ、て景吾っ』
「もし、幸村になにかされたら電話しろ。すぐにでもすっ飛んで行ってやる」
「ふふ、随分な言われようだなあ。さすが跡部」
「うるせえ」
『ちょ、だっ大丈夫だからっ。お見送りまで、わざわざありがと』


むすりとしたままの景吾に向き合って言うと、彼は私の頬に指を滑らせた。くすぐったさに目を逸らすと「楽しんで来い」と小さな小さな声で囁いてくれたものだから、返すように小さく頷いてみた。



「じゃあ、行こうか」


ふわりと笑った幸村君がそう言って、私は足を進めた。










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