夢を見た。
見たことのない風景が広がっている。
きらびやかな色をしたドレスを着飾った女性がいる。燕尾服の執事がいる。
私はどこかに座っていて、目の前に頭を下げる人がいる。ほのかに花の香りがして、甘い果実の香りもする。そして、誰かが私に微笑んだ。


そしてゆっくりと目を覚ました。
いつもよりも早く目が覚めてしまった。
隣を見ると景吾がまだ寝ていて、ふむ、と吐息をこぼしながら物音を立てないようにそっとベッドから抜け出そうとすると。

『ひゃっ』


急に腕に何かが。というか、景吾の腕が絡みついて私は背中からベッドにダイブしてしまった。じんじんとする背中を恨むように、景吾を睨んで「何するのっ」とだけ言うと、機嫌の悪そうな表情がそこにあった。


「ほう、随分と早い起床じゃねえの」
『え、あう、その。今日はちょっとお友達と遊びに』
「あーん? 友達、だと」
『……分かってるくせに』


小さい頃から私の考えなんてこの男には筒抜けで困る。そう思いながら唇を尖らせると
、景吾は寝起きの顔のままで溜息を吐いた。景吾に、今日は幸村君と一緒に遊ぶの、と言えればよかったのだけど。なんだか、この数日間その一言を言うような雰囲気になかったというか。今思い返せば、きっと景吾はこのことを分かっていたからこそ機嫌が悪かったのだろうけど。
そんなことを思っていると、いつの間にか眼鏡がないからあまりよいとは言えない視界いっぱいに景吾がいる。


『ちょっ、ち、近いって』
「お前の従兄妹だからかまわねえだろうが」
『……そう、だけど』
「ったく、あからさまに嬉しそうにしやがって」
『別に、嬉しそうなんかじゃっ』
「渡すかよ」


ざらりとした声が耳元からした瞬間に、体がぎゅう、と抱きしめられていた。高校生とまでなって従兄妹同士でこんなことをしているのは世間一般的には間違っているのかもしれない。だけど、景吾にとってこれが私に対する普通なのだ。残念ながら私もこの普通になってしまっているのだけど。
だからこそ、その腕を解く理由がないのだ。
今までずっと私のことを大切に守ってきてくれた景吾は言うならば私の半身であって、どんなにわがままを言われてもきっと嫌う事ができない事を私は知っていた。


「二度もアイツに奪われるなんざ……胸くそ悪い」
『……二度って……』


私にはその記憶はないけど、きっと前にも景吾の前で私は幸村君に恋をしていたんだということは理解できた。覚えていない……のだけど。
申し訳ない気持ちと、私が知らない記憶を知っている景吾が背負っているものを分かってあげられないもどかしさでいっぱいになりながらも、「ごめんね」とだけ呟く。


『……まだ、思い出せないの』
「玲華」
『思い出さないといけないと思っている。どうして記憶がないのかとか、私が立海に居た頃の記憶とか……その、幸村君の恋人だった頃の記憶、とか。全く思い出せないの。その部分だけ切り取られたみたいに』


だから、幸村君に会えば、なにか思い出せるかもしれないと思って。
そう続けた私に景吾は何も言わなかった。
本心だった。自分自身の記憶さえ無いことが、恐ろしくてたまらないのも事実だったから。
だけど、幸村君から電話をもらった時、私の胸を占領したなんともいえない感情に揺れ動かされていることも事実だ。
記憶を思い出したいという気持ちと同じくらい。
彼のことを、ちゃんと知りたいと思っている自分がいる。


「んな顔すんな……」
『け、いご』
「……分かってる。……お前が思い出したいのなら、止めねえ。……傷付いた分また俺が癒してやる」
『……ふふ、すっごく頼りがいのあるナイト様だね』
「よく言うぜ。どうせ傷付いたとしても一人で抱え込む強がりなじゃじゃ馬姫様が」


くつりと笑いながら景吾はゆっくりと私を抱きしめていた腕を離した。


「あんま、遅くなんじゃねえぞ?」


その言葉に頷きながら、私は支度に取り掛かった。










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