父様が叫ぶ。その声は私に向けられたもので、今まで見てきた映像が全てフラッシュバックする。倒れている人々。傷を負った見知った顔。全て、私のせい? 
景吾の頬を血がつたっている。私を庇ったせいで、景吾が傷付いた。
私のせい。私が、私が、私のせいだ。全て。全部赤い。赤い赤い赤い赤い赤い赤いっ。


「お前、が消えればいいのだっ」
『と、う、さま?』
「お前という存在が消えさえすればいいっ」


何処を見ているか分からない父様の充血した目が私を捉えた。


「玲華の存在がこれを引き起こしたのだっあああああっ」
『っ、……、とおっ』
「お前がさっさと死んでいればあいつがこんな恐ろしいことを企てもしなかったっ! お前がいたからだっ! お前の存在のせいで全てが狂ったんだっ!」


響く声が私に突き刺さる。違う。私は何もしてないの。知らない。こんなの知らない。私はただ、昨日と同じ今日を求めていただけなのに。どうして、どうして。
それを合図にしたように響いた銃声で目の前で女性が倒れた。誰か、なんて考えなくても分かる。
母様は、絶望に浸された私をおいて死んでしまった。
そのまま虚ろなままで、過ごした記憶は曖昧。ただ、私が目を覚ました時に見えたのは見知らぬ空間と、美しい人。香水の匂いがきつくて顔をしかめたくても、表情筋が強張ったように動かない。
どうして、どうしてあんなことをしたの母様。
どうしてあんなことを言ったの父様。
どうして、私、は、いらない子だったの? ずっと、幸せだと信じていたのに、それは嘘だったの?


「貴方の母親は貧しい身分の人間だったのよ」


不意に聞こえた声は死神の声かと思った。だけど、違った。
その人は私に妖艶に微笑みながら私に何かを飲ませた。ぼんやりと、ぼんやりと意識が遠のいていく。「大丈夫。すぐによくなるわ」なんて声が悪戯っぽく聞こえた。しかしそんな響きさえ、空っぽの心の私には、その言葉さえも届きそうで届かない。


「だから、あなたのお父様を殺してこの家の財産を全て自分のものにしようとしたの。他の人間を殺して、貴方を跡部家のトップにしようと考えたの。おぞましいわよね。今まで温和な人間を演じてきたの。貴方のお父様も貴方の母親のせいで狂わされたの。つまり、悪いのはあなたの母親よだから殺されたのよ。卑しい人間だから殺されたの。……そして、貴方も所詮卑しい血がまじっているのよ」


ふふふ、と。そんな愉快に笑う声が響く。
母様の存在は全て消されたのだとその人は言った。もともと母様と父様が結婚した辺りから、父様は母様や私をマスコミに出さないように配慮してくれていた。それがよかったのか悪かったのか今となっては不明だけど、母様なんて存在はもともとなく、はじめから義理母様が父様の嫁であったのだ、とマスコミに広げるのは他愛もないことだった。
つまり、私の存在はただでさえ存在しないものから生まれたものであり、なおかつ。


「つまりあなたは殺人犯の娘。その引き金も貴方の存在のせい。あなたさえいなければあなたの母親も貴方をトップにこの跡部家を牛耳ろうなんて思わなかったでしょうしね。ねえ、そんな子がこれからもここにい続けたら、きっと景吾さまは将来とても苦労なさるでしょうね」


そう、殺人犯の娘。
母様が殺してしまったたくさんの人達。母様が傷つけたたくさんの人達。
私はその恨みを一心に背負い生きなければならない。いや、背負うべきなんだ。
そんなことはどうでもいい。大切なのは、景吾。
景吾が私と従兄妹だとばれたら。
景吾が、まだ将来のある景吾が、殺人を犯した女の娘なんかと従兄妹だとばれたら。


『けい、ごを、私が、くるし、める』
「そう、貴方の存在のせいで「跡部」という存在が終わるの。景吾様の人生さえも狂うの。そんなの不条理でしょ? それならば、貴方の存在なんてなかったほうがよかったというお父様は正しいわ」


それでも生きたいのならば、私はあなたを空気として愛してあげるわ。
その言葉を最後に私はこの世の全てを閉ざした。
記憶も、感情も人格もなにもかもその日を皮切りに私から消え去った。
曖昧な記憶の中で覚えているのは、それまで通っていた学校を辞めたことと、四天に数ヶ月だけ通ったこと。そこから自力で明和をうけて、会長にまでなったこと。
嗚呼、自分でも笑えるほどに無責任だな。
結局父様は、義母様を嫁にした後から原因不明の病にかかり、植物人間状態になっているのだと前に景吾に聞いた。今、義母様達は跡部家として生きている。
あの事件はお前のせいじゃないと言ってくれる景吾は優しい。使用人の何人かは、今だって私のことを「跡部家」の人間として扱ってくれる。だけど、その優しさにあまえてはいけないの。
居場所なんてない。帰る場所なんて求めちゃ行けない。
母様の葬式なんて開いてくれなかった。火葬費用だけは払ってくれるという跡部家の意向で、どうにか遺骨を回収できた。だけど誰もこない火葬場で私は一人でその様子を眺めながら感情が欠落していくのを感じていた。

そして私は、殺人を犯した女の娘として、今日も生きていく。









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