スーツの男に会ったことは景吾には黙っていた。ただその日はひたすら楽しくて、氷帝のみんなと笑いながら腹筋が壊れるんじゃないかってくらい笑った。みんな私のことを心配してくれていたってことを知ってまたうれしくなった。


「すっごくすっごく心配したんだよっ」
「そやで、寝ても覚めても玲華ちゃんのことだけ……」
「忍足さん、正直気持ち悪いです」
「はははっ、言うじゃねえの若っ! もっと言ってやれっ」
『こら、景吾っ』


むう、と拗ねたふりをしてみると彼は心底愛おしいものを見る目で私に笑いかけてくれる。
それがなんだか照れくさくて目をそらすと今度は向日君がこっちを見ている。


「俺だって玲華のことちゃんと心配してたからなっ」
「うす」
「お、俺だって、その、な」
「宍戸さんも考えてましたよね! 俺もですよっ」
「こら、ちょーたろっ、おまっ」
『あはは、っありがと。っ……ほんと、ありがとっ』


他愛もない瞬間が愛おしくて、ただひたすら楽しかった。そんな時に携帯が鳴り出して正直出るのもためらわれたけど、そこに映し出された名前に体が反応した。
ちょっとごめん、と断りをいれて寝室へと行き通話ボタンを押す。


「やあ。今朝ぶり、かな」
『ゆ、きむらくっ』
「あのさ、少し聞きたいことがあるんだけど」
『は、はいっ』


一体なんだろうか、と首をかしげながらも言葉を待つ。耳に響いたのは、微笑む声。


「明日、デートしよう」
『…………えっ、ええええっ!?』
「あれ、もしかして好きな人とか彼氏とかもういるの?」
『い、いませんけどっ』
「そうだよね。渡すつもりもないし、何より君の従兄妹が許すわけもないだろうしね」


いきなりなんでそんなことを言うんだろうか、とか。デートって、デート、だよね。とかなんだか頭が混乱してしまって上手く口が動かない。それを分かっているかのように彼はまた笑いをこぼした。


「それとも、俺とは嫌だ?」
『っ嫌じゃないっ』
「……」
『うわ、すいません、叫んでっ、じゃなくて、そのっ』
「……明日の朝、迎えに行くよ」
『で、でも、練習っ、とか。それに、遠いし、なにより理由』
「会いたい」


直接的に響いた声。



「会いたいって、そんな理由じゃ、駄目かな」


心臓が、煩い。どうしよう。
いろんな感情とか想いがごちゃごちゃしていて言葉が出ない。いつもは全校生徒の前でしゃべれるくらいだから、自分でも度胸とかはあるほうだと思っていたけど、どうやらこういうのは違うみたいだ。
なんて答えればいいんだろう。嬉しいけど、どうしよう。わざわざ来てもらうのは申し訳ないし。でも、会いたいって言ってくれるなんて嬉しいし。でも、でも。


「じゃあ、こう言おう」
『え……?』


こほん、とわざとらしく咳払いしたかと思えば幸村君は少し低い声で囁いた。


「玲華の明日は、俺が貰ったよ」
『っ、あ、っ』
「……なんてね。ちょっとキザだったね」


くすくすと笑う幸村君にもう一度促されたとき、私は何も迷うことなく「はい」と答えていた。どうしようもなく頬が熱い。このまま私は焼けてしまうんじゃないかってくらい熱い。


「じゃあ、明日の11時。そのくらいに君の家の下にまで迎えにいくね」
『っ、わ、かりましたっ』
「……じゃあ、おやすみ」


甘い甘い声が私を浸食していく。
どうしよう。感じた事のない感情が私の中でうごめいている、なんて。








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