消えてしまいたい、なんて今更思わない。
もう、簡単にその言葉を言うことは出来ない。
だって、私には大切な人ができてしまったのだから。
それ相応の覚悟をして学校へと向かった。それにも関わらず早苗が来ていないことに少し拍子抜けした。いや、もしかしたらもう会うことはないのかもしれない。だって、早苗は私を陥れるために副会長になったのだから目的は達成されたのだ。


『(もう、二度と会えないかもしれないな)』


心の中で響いた台詞はあまりにも現実味を帯びていてどうしようもなくなった。目の前でせわしなくてきぱきと動いている生徒会役員を見ながら自分が今何をしているのかさえ不透明になる。いつだって早苗がいてくれた。会長として、みんなに恐れられ、畏怖の念を送られていても早苗がいてくれたら平気だった。陰口を叩かれていることも知っていた。それでも迷うことなく歩んでこれたのは彼女のおかげだ。
年々伝統とかが崩れていく中で、せめて私の力でこの学校を変えたかった。
だけど、今の私はどうだろう。
がむしゃらに自分の信じた道を来たのだけど、果たしてそれが正しかったのだろうか。ただ、誰かの先頭に立って優越感と自分の存在の意義とを感じたかっただけなんじゃないか。寂しさをごまかすために、あえて孤独を気取っていたんじゃないか。
考えれば考えるだけ分からなくなる。私は一体なんのために今この席に座っているんだろう。
嗚呼、馬鹿みたい。早苗がいないだけで、自分の人生さえ不安に思ってしまうなんて。


「会長」
『ん? どうしたの』
「この資料なんですが」
『ああ、これは、先生に許可を頂いてから作成するようにして』
「はい。分かりました」


それに、この会長としての仕事も冬までだ。
あと数日後に始まる夏休みが終わればそれこそあっという間に終わってしまう。
そう、今更迷ったってもう戻れない。
私が望んだんだから。
だって、明和のトップに立てば。もしかして、母様の気持ちが分かるかもしれない、なんて思ったから。自分が誰かの先頭にいれば、心の中で恋焦がれている「あの人」に近づけるかもしれないから。
そんな身勝手な感情を抱きながらも私はまた言葉を飛ばす。

帰り道、目の前を歩く中学生二人。
幸せそうに、照れくさそうにやんわりと手を繋いでいるその様子はとても穏やかだ。
私にはあんな風な幸せは訪れることは生涯ないんだろう。
だって、私は殺人を犯した女の娘。いや、その事件だって私の存在があったから起こったようなものだ。私が殺してしまった、と言っても過言ではない、なんて。
きらきらとしたその笑みが苦しい。
あの事件の後から私は死人も同然だ。嬉しいも悲しいも何もない。景吾が必至に私を人間に戻そうとしてくれているのをどこか遠巻きに見ている自分がいた。そして今も。
記憶が曖昧すぎて、どこまでが真実かどこからが虚実かが分からない。
誰か教えて欲しいのに、誰に尋ねればいいのかも分からない。
まるで、私は行き場を失った幽霊のようだ。
中学生のカップルの姿が遠ざかっていった頃だっただろうか。背後に微かな足音を感じて振り返る。だけどそこには誰もいない。
……いや、いる。
物陰に隠れているだけで何か嫌な気配が私をぞわぞわと駆り立てる。胸についている金色のブローチをきゅ、と握りながら息を飲む。


『誰……』


音はない。だけど、確かにいる。


『誰なの』


二度目の問いかけに出てきたのは、スーツ姿の男数人。
何か嫌な雰囲気をまとわせたその人達は私の姿を捉えると何も言わずただ近づいてくる。
……誰だろう。義理母様が手配した殺し屋、なんてね。そんな笑えない冗談が冷や汗を流させる。
だけど彼らは私の数歩前で止まると、またきびすをかえして何処かへ行ってしまった。
自宅に帰りついた時に脱力感に襲われて私はベッドに倒れこんだ。誰かに抱きしめて欲しい、そんな欲望が何故か体を駆け巡っている。
怖いよ。
何が。何がなんて決まっているの。


『……私、恐怖を、感じなかった』


なんで。なんで。
まさかもうそこまで感情が脱落してしまったのだろうか。せっかく景吾のおかげでやっと元通りになってこれたと思ったのに。やっと普通の人間みたいに笑えるようになったと思ったのに。
殺されるかもしれないのに私は恐怖を感じなかった。
そんな自分が、怖い。怖いよ。


「……起きたか」
『あ。れ、……け、いご』
「どうした?」


急に安堵感が体をしめて私はゆっくりと息を吐いた。そしてすぐに気づいたのはリビングの方から声がすること。


『あれ、誰かいるの?』
「ああ、テニス部の奴らだ。気分が悪いなら、帰らせるが」
『……私のために、来てくれたの?』


肯定した景吾の顔が涙で歪む。駄目だ。すごく、すごく嬉しい。
そんな単純すぎる言葉でしか表すことができない。


「おい、玲華」
「おいおいっ。跡部っ、玲華泣いてんじゃんっ」
「お前激ダサだぜっ」
「お前ら勝手に入ってくんじゃねえっ」


嬉しい。嬉しいよ。
こんな私でも、まだ愛してくれる人がいる。
それが痛いくらい嬉しくて、私は笑いながら泣いた。嬉しくて、泣きながら笑った。









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