景吾が、これから用事があるからと言って家を出た。


「すぐ戻る。おとなしくしとけよ」


子供じゃないんだから分かってるよ、と言いながらも寂しさがぬぐいきれなかったのには流石に苦笑しか出なかった。することもなく、ぼんやりとテレビをつけると何処かの国のセレブのパーティーの様子が報道されていた。煌びやかなセカイ。美しくも入り組んだ色。彼女は、今その世界にいるのだろう。


『ねえ、早苗あなたは幸せ?』


信じていたよ。だけどそれさえも偽り。
……理解しているのに、未だに貴方のことを信じたいと望んでしまう私はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。一人になりたくないがゆえに、誰かに必至にしがみつく。まるで許しを請う罪人みたいに。
あの日。あの日の事件のことを私は決して誰にも語らない。
それは義務感か、果たして恐怖感か。どちらにせよ、このまま誰にも口にすることなく死ぬ事が私に課せられた罪であり罰であるんだと自分自身に言い聞かせた。
だけど、いつか、何かの拍子にするりとその事実がばれてしまったらどうしようかと恐怖に陥る。つまり私はいつだって、怯えているんだ。
あの日。
あの事件が起こったのは、他の誰でもない私自身のせいだ。
不意に頭をよぎった記憶はとどまることはなく、私の中で静かにアルバムが再生され始める。嗚呼、一体何度目だろうか。そんな哀愁を帯びた溜息は白のシーツに零れる。


『父様、母様っ。優勝したよっ』
「あら、本当。すごいわ玲華」


肩の位置で髪を揺らした私の目の前で父様と母様は幸せそうに微笑む。いつも通りの日々。それは丁度、今の赤也君くらいの年の頃の時期だった気がする。記憶が曖昧なのは何故なのか自分にも分からない。その頃景吾につられてテニスをはじめた私は、ただテニスラケットを振ることが楽しくて楽しくて仕方なかった。戦う度に強くなる実感が私をますます高みに登らせる毎日。うぬぼれるわけじゃないけど景吾ともいいライバルとして渡り合えるほどに実力はあった。
大好きな人がいて、大好きなテニスがあって。心の深いところで繋がっている、っていうのはこういうことなんだと日に日に感じていた。


「お前は本当にテニスが好きなんだなぁ」
『うん、とっても楽しいっ。もっともっと上手になりたいっ』


幸せという実感がないほどに幸福に満ちていた記憶は、そこまでだ。
次に頭の中に映し出されるのは、赤い液体。
一体何が起こったのか理解できない。ただ、意識が遠のいて、嫌な液体が体に流れ込んでくるような吐き気がした。嫌だ。なにが起こっているんだろう。分からない。怖い。
屋敷中に嫌なにおいが充満していて、何人もの人が赤い血を流しながら倒れている。
怖くて、怖くて、迫りくる恐怖をやわらげたくて、自分のことを何より愛してくれている両親の元に急いだ。
……はずだった。
目の前にいるのは確かに母様で、その母様の前にいるのは父様だ。
だけど、違うのは、母様の手に握られた鋭利な刃物と、狂ったように助けを求める父様がそこにいたということ。


『か、あ、さっ、ま……』


違う。あれは母様じゃない。あんな狂気みちた目をしているのは私が知っている母様なんかじゃない。そう言い聞かせているうちに、ゆらりと母様の体が私に向かってきた。
殺される。反射的に思った。だけど痛みは来ずに、代わりに嫌な音が聞こえた。悲鳴。聞きなれた声。私の体を庇うように抱きしめてくれたその、温度。


「ぶ、じか?」
『け、い、……ご?』
「ちっ、……今すぐ、ここから逃げるぞ」
『待って、なんで、け、いっ』
「玲華などが生まれてきたからだっ、お前のせいだっ」










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