目の前にいるその人に眩暈がする。
どうして。どうしてどうしてどうして。


『どうして。こ、此処に、……い』

「玲華っ!」


景吾の声が耳に伝わるより前に私の体がぐいと引かれる。その強すぎるような感触に目を大きく開けた。その先に立つのは。


『ゆき、むらく……』

「すいませんが、何か御用ですか」


ふわりと笑う幸村君。だけどその瞳の奥が全く笑っていなくて本気で怒っているんだということは容易に理解できた。どうしてそんなに敵意をむき出しにしているんだろうか。
そんなことをぼんやり考える頭の端でじわりじわりと色が滲む。
軋む。それが世界なのか私の体の中から聞こえる音なのかは私には分からない。
ただ、体の奥からこみ上げてくるその感情に眩暈なんてたやすいものじゃない感情がぐるぐると音を立てていた。きつい香水の香りが私の元に漂ってきた時、私の視界の前に現れたのはあの日となんら変わらぬほどの美貌と妖艶さを持ったその人。怖い。怖い。体中の全てが壊れるのと無意識でその名前を呼んだのはほぼ同時。


『義母、様……』

「……何をしているの、……景吾」


彼女は私のことを一瞥した後ですぐさま景吾に目をやった。そう、まるで私を空気のように扱うところなんてあの日のままじゃないか。つん、とした香水の匂いが充満して私の意識を遠くに飛ばす。喉の奥がからからと不気味な音をたてて、気分が悪い。景吾は目を吊り上げながら歯を食いしばっている。やめて、景吾。私なんかのためにその人に逆らっちゃいけない。


「てめえ……よくもぬけぬけと玲華の前にっ」

「……そのような口を聞くものではないわ景吾。……時期跡部財閥の跡取りでもあるのよ」

「っ、てめっ……」


だって、その人は。
跡部家の次男夫人なんだから。

あの日、あの事件が起こってしまった後から私の大好きな父様と母様は消えてしまったんだ。昔のように優しい父様はいない。いるのは気が狂ってしまったその姿と、すでにこの世の人じゃなくなってしまった母様。
優しかった父様は人が変わったように私に冷たくなり、ついにはこの人を妻として娶った。母様が死んで二日しか経ってもいない出来事だった。
そこからの記憶は曖昧だ。覚えている記憶が定かなのかも不明なくらいに。
ただ、毎日のように痛みと、血に混じって罵声が飛び交い、私はその家を飛び出した。私の居場所なんてなかった。いや、私が存在してはいけなかったんだ。
義母は私のことをごみのような目で見た。父様を見るのとは180度違うその目線に、子供ながらに自分の存在を否定したんだ。そう、私がいけないんだ、と。
あの事件のきっかけでもある私がいけないんだ、と。
逃げて、逃げて、誰も傷つかない道を歩きたくて。










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