幸村君と言い合いを続けている景吾からそっと離れてこっそり赤也君に近づくと彼はまたぼろぼろと涙を流し始めたけど、さっきのように抱きついてくることはなかった。
だから、私はゆっくりとその頭を撫でてあげた。ふわふわとした感触がずびずびと音をたてて涙を流している。



『そ、そんなに泣かない、で?』

「だ、だって、俺っ、ずっと、っひく、先輩っ、待って、って、この間会ったとき、マジで、覚えてないしっひっく、俺っ」



先輩に会いたかった。
そう泣きながら笑う赤也君の頭をわしゃわしゃとしだしたのは赤い髪の少年。彼は「泣き虫あーかやっ」なんて言いながらもどこか嬉しそうで、その二人を優しく見つめる黒人の少年もすごく優しげな目をしていて、男の子の友人が少ない私としては新鮮にも思えた。
そんな状況をぼんやり見つめていてもやっぱり思い出せないものは思い出せなくて、赤也君は私のために泣いてくれているっていうのに。



「ゆっくりでいいんだ」

『あ、ゆ、きむらく、ん』

「ゆっくりでいい。思い出さなくても……かまわない。君が傷つくくらいならそのほうがましだ」



幸村君はそう言いながら私の目の前でゆっくり微笑んで「よく似合ってるよ」と口ずさんだ。温かい微笑みに「ありがとう」と応えると彼はますます微笑みを零す。きれいな笑い方をする人だ。私の、過去の、恋人。
芥子色のジャージを羽織った彼の姿を過去の私はどんな思いで見つめていたんだろう。すぐに思い出せたらそれは楽なのかもしれないけど、この痛みが罪であるのかもしれない。幸村君は私のことをそっと手招きした。そのまま首を傾げる私がそっと足を進めると、近づいた距離。そして私の頭をゆっくりと撫でる感触。



「会いたかった」

『……ごめん、なさい』

「謝らなくてもいいよ」

『でも、みんなに気を使わせてしまった、みたい、で……。その、私が、記憶がないことを、みんな知っていて、他人として、接してくれて、ありがとうございます』

「……君を混乱させたくなかったからね。まあ、どうせすぐにこんな演技もばれると思ってたけどね。玲華は勘がいいから」



だけど、こうやってまたふれあえるなんて。
小さく呟いた幸村君は私の目に儚げに笑いかける。儚い人。まるでひっそりと、それでいて凛と咲く一輪の花のように。だけどその瞳があまりにも強い光を放っていて、嗚呼、この人が本当に私の恋人だったんだと思うと心がくすぐったくなる。それは彼も少し同じようで「なんだか、変な気分だな」なんて言いながら子供のように眉をさげ笑った。


『幸村君は、私の、その……』

「恋人だった。正真正銘のね」

『……ご、めんなさい。思い出せなくて……そのっ』

「忘れたのなら、もう一度俺に惚れさせてあげる」



真剣な瞳で、混じりけのない澄んだ声で。
彼はそう言いながら私の手をゆっくりと掴もうとしたけど、その動きをやめて少しだけ切なそうに私を見る。「想いが通じるまでは、君に触れないようにすることにした。じゃないと、とめられそうにないからね」そう零して。
幸村君の声音が届いたのを合図に、わらわらと私達の周りを囲む芥子色のジャージ。



「ちょっと、今は俺と玲華が二人きりで……」

「独り占めはいけないな精市。そもそもお前はまだこいつが思い出してもない頃から接触しすぎだ」

「は? それを蓮二が言う? お前散々玲華に近づいて、挙句口説いたらしいだろ。マジでありえない。しかもさ、真田もしゃべったんだろ?」

「む、俺は交流会で、だな」

「なんじゃなんじゃ。俺は全く触れ合っとらんぜよ」

「何を言っているんですか。玲華さんを強引にお姫様抱っこしたのは貴方ですよ仁王君」

「まあまあ、玲華先輩がまたここに来てくれただけでも幸せっすよ!」

「おま、赤也っ、さっき玲華に頭撫でてもらったからって調子のんなよぃっ!」




温かい人たち。
私はこの人たちに触れて、支えあって暮らしてたんだ。
でもそしたら不思議なのはどうして記憶がないか、ということ。確かに事件に関わっているのならば納得はいくのだけど、どうして立海での記憶がまるまるないのだろう。
不意に考えに至ったためか耳鳴りがひどい。
微かに感じる吐き気を押さえ込みながらも、声を放とうとした、時。



「そこで何をしているの」



不意に響いた声。
その声音に体が凍りつくのを感じた。











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