結局そのままあれよあれよという間に着替えをさせられ、鏡の前でせわしなく動くメイドさん達に唖然としながら私はその久々の感覚に少し息を吐いた。
小さい頃はよくこうやってたくさんのメイドさんに囲まれて素敵なドレスをたくさん着たものだ。それを見つめる父様と母様の視線の温かさがじんわりと体に思い出された。見渡す景色は同じ。きっと景吾が私がいた頃のままにしてくれているんだ。そういう優しさが痛いほど分かる。確かにここは私の家であった場所。景吾の家族と私の家族が同じように住み、それこそ幸せに暮らしていたんだ。
もう、私のことを温かく見守ってくれていた愛おしい両親はいないのだけれども。



「さすが俺の玲華だ」


そんな声がしてふと前の鏡を見るとそこには清楚なワンピースに包まれた私がいた。色は淡い淡い桃色。桜の花が恥らうように咲き綻んだ色。いつも結んでいる髪も下ろしてあって、毛先がふわりと巻かれている。頬には薄くチークがさしてあって、うっすらと化粧をされていたことをいまさら気づいた。それにしても、私も化けるものだなあ、なんてぱちくりと目を瞬かせていると伸びてきた景吾の手で黒縁の眼鏡が引き抜かれ、顎に手をかけられる。



『ちょ、けい』

「コンタクトを入れる。怖くねえからおとなしくしとけよ?」

『ん。……どこ見とけば、いい?』

「俺を見とけ」



そのまま瞳にコンタクトをはめられ瞬くと鮮明になった視界。薄いガラス越しじゃないその世界が懐かしくてそのまま微笑んでしまうと景吾は得意げに微笑んで「やはり学校では眼鏡と一つ結びさせておいてよかったな」なんて呟いた。なにが良かったのか知らないけど、そのまま景吾に優しく腕をひかれて再びお姫様抱っこ。いいくら従兄弟とはいえ恥ずかしいのだけれども、きっと何を言っても下ろしてくれないだろうからそのままおとなしく体に身を預けた。



「ふうん、で? 玲華は俺に会いにきてくれたって聞いたんだけど。え、跡部お前なんなの」

「煩え黙れそれとお前に会いに来たわけじゃねえんだよ幸村」

「いや、俺もお前に会いたいわけじゃないし」

「はっ、珍しく意見が合うじゃねーの」



そんな二人をぼんやりと眺めているとふとじいと私を見つめる視線を感じてちらりとそこを見る。するとそこには信じられないものでも見たかのような目をしている赤也君がいて
次の瞬間には彼は何を思ったのか勢いよく私の胸の中に飛び込んできた。「先輩っ」って響いた声は果てしなく震えていて、その体が景吾によって離されるまでのその数秒間の間だったけど、赤也君が泣いていることが分かった。私のために、泣いてくれているんだろうか。



「てめ、切原。勝手に抱きつくな、こいつは俺の」

『け、景吾、気にしないで良いから』

「あーん? 気にするにきまってんだろ」



ついてきて正解だったぜ、なんて景吾が零している最中にも私は立海のそのジャージから目が離せないままで必死に記憶を手繰り寄せた。でも、ダメだ。思い出せない。



「赤也、いきなり抱きついては玲華が驚くだろう」

「だ、だって、玲華先輩がっ、また俺たちのっ、とこに、きっ、来てくれてるって、て思ったらっ」

「しかしながら玲華は記憶が戻ったわけじゃない。無理はさせたくないだろう?」

「……うっす」



さとすように言いながらも柳君は苦笑して私を見つめる。嗚呼、この瞳が優しくて懐かしいと感じていたのは、「あの人」に似ているから、という理由だけではなかったんだな。私は彼に実際に会っていたんだ。そうは言っても簡単に戻るわけじゃない記憶にもどかしさが先走る。



「無理に思い出さなくてもいい」

『え』

「そのために俺たちも、お前のことを「知らない」ように接してきたのだから。俺としてはお前がこの場所に再び来てくれたことだけでも奇跡のようだ」



ありがとう。
そう柳君が言ったときに不意にこんな場面を前にも見た錯覚に陥る。そうだ。あの時。詳しくは思い出せないけど、確かにこうやってみんなと向かい合って話したことがある。優しい視線と眼差しに囲まれながら微笑んだのを覚えている。



『景吾。私は思い出したいの。だから、平気だよ』

「だからといって気安くお前の体に触るのを許可はしてねえ」

「ふふふ、いい加減にしろよ従兄弟のくせに」

「あーん。喧嘩売ってんのか幸村」



ああ、またはじまった。どうやらこの二人は相当仲が悪いみたいだ。
だけど、こんなにムキになっている景吾を見るのも久しぶりでこの雰囲気に安堵を示している自分がなんだかくすぐったかった。











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