夕日の差し込む生徒会室で、予算と来月の予定を確認しながら一通り終わった仕事に目をやる。立海との交流会も無事終わった。まあ、私が倒れてしまった以上「無事」と言っていいのかは判断しかねるのだけれども。とにもかくにも、会長である以上はそう簡単に倒れてもいられない、というのが現状だ。現に、明和高等学校の生徒会役員は格式高いものとして有名であり、士気を高めるためにも私がしっかりしないとならない。願わくば母様の統率していたあの頃のように、なんて思うのは私なんかじゃ役不足なのかもしれないのだけれども。
そんなことを考えながらも体に感じられるのは疲労。
あれから例の電話が止んだか、と言えば答えはノー。相変わらず機械音混じるその声と格闘するのは少々骨が折れる。夜の間にそれが行われ、そして朝を向かえ会長として学校で背筋を伸ばし、また夜が来る。その繰り返しだ。警察に相談すればそれで終わるのかもしれない。だけど、私は誰も頼るわけにはいかない。だって、私は。



「君は一人じゃない」



その時不意に、そう言ってくれた彼の表情が浮かんで一瞬動きが止まった。
暖かい笑み。私に向けられていたあの強い意志。
どうやら私は知らないうちに記憶を無くしていたらしい、なんて。そんな馬鹿らしい話があるものか。
それこそ、景吾に問い詰めてやろうかとも考えた。景吾が私のことで知らないことなんてない、というのは長年の経験で学んだことだ。だけど、きっと彼のことだから「お前は悪くねえ」の一点張りだろう。私が聞きたいのは「どうして私が記憶がなくなっていることを黙っていたのか」ということなのに、と口論になるに決まっている。だけどそれにしても変だ。確かに記憶が欠如するということは生きている上でおかしなことではないかもしれない。だけど、今回は別だ。私は立海の生徒であったことはおろか、恋人であった人の名前まで覚えていなかったのだ。ということは考えられることは二つ。
一つは私が意図的にその記憶を消した場合だ。立海で何か辛いことでもあったのだろうか。それと、もう一つは、……あの事件に関係しているかもしれないということ。それならば記憶が欠如しているのも頷ける。いやそれはないか。あの事件で私が忘れていることなんて一つもないはずだ。ああ、もう分からない。考えるほどに頭が金属音を奏でて思考を邪魔する。
……だけどこれだけは言える。記憶がない、ということは私はその欠如した「何か」を忘れているということ。自分自身の欠落したそのイメージは自分自身で取り戻すのが道理というもので……。



「玲華」

『っ!!』

「もー、仕事に集中しすぎだよー」


くすりと笑った早苗は私の隣に座ると、資料を束ね始めた。「あまり一人で抱え込まないで」と言われてしまい、嗚呼これは隠しようがないなという考えに至り、私は一つ吐息をこぼした後でこの数日間のことを早苗に話した。案の定彼女は「なんでもっと早く言ってくれなかったの」と憤慨し始めたが、「玲華は私を信じられないの?」と言われ涙目になられてしまっては、大切な彼女に大分心配をかけていたことを知った。



「でも、警察に言わなくていいの?」

『うん。……事件の、ことがある、から』

「そ、そっか」


早苗はそれ以上は何も言わずに、ただ私の手をきつく握ってくれた。
こういう時に、私は一人じゃないと感じられる。早苗はいつだってこんなに真剣になって心配してくれる。彼女がどれほどに私の事を支えてくれているのかを考えるたびに、その幸福で胸が締め付けられるほどにこの温かさが愛おしい。
何よりも大切な早苗にこんな悲しそうな顔をさせるのは心苦しくて、私はそのくりくりとした目をした彼女の頭を撫でた。



『でも大丈夫だよ。私には……早苗がいるからね』

「うん! そうだよっ! 私はいつだって玲華のことしか考えてないもんっ」

『あはは。ありがとう』



さあ、もう帰ろうか。どちらから言うでもなくそう微笑みあって私たちは生徒会室を後にした。そう、何があっても怖くない。
それは、私のことを自分のことのように悲しんでくれる心の友がいるから。いや、友なんていう言葉で一括りになんて出来ない。
早苗は、私の命よりも大切で、暗い闇底に沈みきった私に光をくれる存在。
そんな彼女と別れて前を向いたとき、前方に見知った車が止まっているのが見えた。黒塗りの車をぼんやりと見ながらその車に近づく。
しかし、その時右隣から突然黒い影がうごめいて、一気に視界がくらむ。


『っ!?』


口を押さえられてしまい、つんと鼻にぬけるのは薬品のにおい。まずい、これを嗅いでしまってはいけないと直感が判断し、息を止めながら必死にもがく。しかしその力に抵抗が効かず関節が嫌な音を立てた。朦朧とし始めた意識の中で。
アイスブルーの色がじわりと、にじんだ。











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