「弱虫女っ!!」


だけど、聞こえたのは柳君の声じゃなくて、悲痛にみちた、その叫び。
会長としての威厳がこぼれ落ちる音がする。何かが、途方もなく消えていく軋む世界。
霞んで行ったのは、声? それとも別の何かなのだろうか。
分からない。そして分からないことが分からない。


「逃げたくせに、何、偉そうにしてるわけ?」

『……え?』



逃げた?
何から?

不意に聞こえたその声と、私のことを刺すように見つめるいくつものその視線。さっきの女の子達だ。私にありふれん狂気をさらしている冷たいその温度は私にむけて敵意を現しており、背筋にひやりと悪寒が激走した。
だけど、逃げる。そう、私は何時だって逃げている。


「ふざけるなっ! 彼女を責めることは許さないっ」


瞬間的に響いたのは、地を走る声。
声が聞こえる。この、声、は、幸村君?
目の前で、蒼い髪の色が、ふらりらと揺れている。優しさに満ちたその声は、激しく感情を高ぶらせている。
まずい。吐き気がする。
怖い。怖い。怖い。助けて。

助けて。


『精市、愛してる』


頭の中に響いた声。
私の声と、浮かぶ私のその人の微笑み。
なんで、幸村君?
知らない。こんな記憶知らない。私、知らないの。

不意に柳君が私の前に立った。
その向こうに激しく声を荒げる幸村君。

フラフラしながら、私は私の前に立ちはだかるようにしている柳君を見上げる。


『ねえ、柳君 私は、立海の生徒だったの?』

「気にするな、お前は、」

『ねえっ、柳君。お願い、違うよね? ……わた、私、私は、り』

「忘れたとかふざけんなっ! あんた、幸村君と付き合ってたくせにっ!」

『……え?』


その言葉が聞こえたのと、私の身体が固まったのは、ほぼ同時だった。

嗚呼、回る。それは走馬灯。
そして、見えたのは、私の中でくすぶる記憶。
私はそこで、意識を手放した。




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