久しぶりにくぐる景吾の家の門は鈍重な色に染まっている。
体が動かない私なんて気にせずに景吾は私の腕をひいていく。

そのまま扉が開かれた先に広がるのはかつて毎日のように見ていた景色。執事のセバスチャンが私の姿を見た瞬間に、駆け寄ってきて、恭しく私に頭をたれた。


「お帰りなさいませ。玲華様」

『……かえ、っては……来てない、よ。ただ景吾につれてこられてっ』

「いえ、この場所に再び足を踏み入れてくださっただけでもっ」

「おい、玲華、行くぞ」


ぐい、と音がしそうなくらい強い力で腕を引いた景吾に引かれるまま足がもつれそうになるのをこらえて進む。
懐かしい。
この廊下もこの階段も、変わっていない。
変わったのは、私の腕を引く景吾が大人になったこと。
そして。

私が、あの日に戻れないくらい、汚れてしまった事。

じわり、とあの事件が起こる前の記憶が呼び戻る。
あの事件が起こるまで、私は景吾の家で跡部一族の次男である、父様と母様と暮らしていた。
毎日、お姫様のようなドレスを着て、優しい父様の眼差しを浴びて、暖かい母様の微笑を見て、景吾と笑ってきた。

幸せだった。何よりも大切だったあの日。
だけど、あの日に戻るにはもう遅い。私が犯してしまった罪も、そしてあの事件も消えることなんて無い。
そんなことを考えていると、不意にふわりと優しい香りがして、気付けば景吾の顔が近くにあった。


『っ、けっ』

「……何も考えるな」

『え……』

「自分を責めるな。過去の罪をもう負うな。……お前のせいじゃない」


景吾は優しい。私の頬に指を這わせた。優しく指が滑って、ああ景吾は何度もこうやって私のことを慰めてくれてるな、なんて今更思えて、自分が情けなく思える。

景吾はゆっくりと瞼に唇を落すと、私を抱きしめる。


「あの事件はもう過去のことだ。……お前が何度悔やんでもお前が辛いだけだ」


しゃらりと、胸元のブローチが揺れる。違う。違うよ景吾。


『……辛いのは、私が背負うべき痛みなんだよ。……私が生まれたこと自体が、みんなを傷つけてっ……』

「やめろ」

『あの日、私が生まれて、父様と母様が傷付いたんだよ、……それは、事実なんだよ』


口から放たれる言葉はあまりにも残酷で、私は自分で言っているのにどうしようもなくなった。
そう、私が、私の存在ことが罪。


『景吾、ごめん。帰るね』

「……玲華」

『ごめん。……ごめんね』


なにに対して謝っているのか。
それさえ分からずに私は彼に背を向けた。
景吾の優しさは甘い。
とても暖かくて、とろりと甘い蜂蜜みたいに私を満たしてくれる。
だけど、景吾に頼ったら。あの日の記憶が消えない。

結局私は誰もいない自分の家に戻っていた。


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