なんでそんなに怒っているのか、と尋ねると景吾が小さな声で私の耳元で呟いたのは「お前を立海に招待したいとほざきやがった」なんていいながら子供みたいに拗ねた表情を私だけに見えるようにこぼした景吾。
嗚呼、そういうことか。と妙に納得しつつも、これ以上抱きつかれたり囁かれたりしたらさすがの私ももたないと思って、ゆっくりと彼から離れて、とりあえず立海のみんながいる方向に頭を下げた。
『お誘いありがとうございます。個人的にお伺いするのは……し、少々時間がありませんが……』
「じゃあ、生徒会関係ならええんじゃなか?」
後から聞こえた声に振り返ればそこにいたのはさっきの白髪の人。
「仁王君、貴方って人はいったいどこに行っていたのですか」
「んー、お姫様を連れてきただけなり。そんな怒りなさんなやーぎゅ」
「まったく」
ぱちくりと瞬きを繰返す私の目の前で繰り広げられる会話。白髪の人と話しているのは、たしか春会にもいた柳生君だ。
それにしても。
「ふーん、仁王にしてはいい考えだな」
「ブンちゃんひどいのう、その言い方」
「でも、仁王先輩ナイスっ」
あれ。なんだろう。なんだろう。この会話。前に聞いた事がある。いや、そんなことはない。私は立海の人たちとは本当に今日が初対面なのだから。それなのに、なんでだろう。どうして。
「どうかな。君がよければ、でいいんだけど」
『あ、生徒会の、交流として、でしたら……』
「そうか。それは俺から報告させてもらおう。なぁ、弦一郎」
「うむ。そうだな」
芥子色のジャージ。走る黒いライン。負けることが許されはしないそのチーム。
テニス。あれ、そう。この情報はきっと月間プロテニスで得たものなんだろう。そうとしか考えられない。だけど、目の前にいる人たちの顔を見る度に心がざわつく。それと同時に、あの時の血の色が私の頬を、体をつたって気分が悪い。
『二年生、エース……』
「……玲華?」
景吾が、私の名前を呼ぶ。
「……俺のことっすか?」
「っ……赤也、少し黙っていろ」
柳君が険しい顔をしている。いや、柳君だけじゃない。みんな、みんな……私を凝視している。
ぼんやりとその人たちを見る度に頭に浮かぶ単語。
……二年生エースの『切原赤也』妙技の天才『丸井ブン太』4つの肺を持つ男『桑原ジャッカル』ジェントルマンとの異名をとる『柳生比呂士』とそのダブルスであるコート上の詐欺師『仁王雅治』三強。そう、達人『柳蓮二』、そして副部長であり皇帝『真田弦一郎』
そして。神の子、と呼ばれる。その人。
蒼い髪。私を守ってくれた手。……守ってくれた?
そう、私は、その名前を前から知っていたはずなのに。知っていた?
待って。これは。
『ゆきむ、ら……せい、いち……?』
「っ!! 玲華っ、帰るぞ!」
『ちょ、景吾っ』
現実に戻らせるように叫ばれた景吾の声に引き戻され、その瞬間に私は景吾に力強く腕を引かれて半ば強引に歩いていた。
ただ、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、吐き気がひどくて、何かが欠如しているようなその感覚は血が逆流しているのかと思わせるほどに痛い。
景吾に連れて行かれるままに歩いている途中、一度後を振り返ったその時目に映ったのは。
「玲華っ……」
私の苗字ではなく、名前を呼ぶ、幸村君の姿と、ただ呆然と立ち尽くす立海のテニス部の姿だった。
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